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カテゴリ:詩集小説
暫く帰って来ない父の行き先は府中刑務所だった。これが五回目となる服役。父のもう一つの家でもあるような刑務所ではもう常連。所員が言った。 「あれ、あんたまた来たんかい、懲りないのう」 同部屋で一緒だったのは力道山を刺した極道「村田勝志」だった。 「俺はちんぴらだけど、あんたは凄いな」 「好きでやった訳じゃないのさ」 「どうしてやっちまったんだい?」 「正当防衛っていやあ聞こえはいいがな」 刺した相手はスーパースターの力道山。わたしのヒーローでもあり、日本中に彼のファンがいた。 空手チョップ一発で外人を打ちのめす。ルーテーズやデストロイヤーとの一戦は有名だったし、柔道家「木村政彦」との試合では力道山の強さを世間に知らしめる結果となった。 その夜行きつけのクラブを出た時の力道山は相当酒が入っており、おそらく酒癖もあまりよい方ではなかったと思う。そこで出くわしたのが「村田勝志」住吉会系の暴力団員である。 ささいなやりとりが原因で、かっとなった力道山は村田を軽々と投げ飛ばす。彼も力道山には適わないものの、相当の体格をしていた。 だが、プロレスラーの力は想像を遙かに超えており、ましてや酒も入っていたからその力は100%を上回っていた。 まるで石ころのように7,8メートル先まで投げ飛ばされてしまったのである。気がつくと村田の右手にはドスが握られており、暗闇を裂くように差し込むネオンの光が虹色のように反射し輝いていた。 力でかなう相手ではないし、このままじゃこっちが危ないと思った彼の咄嗟の防御本能。相手は全身が凶器と化している。 突進してくる力道山の腹にぐさりと突き刺さる刃、見る見る内に腹の辺りから溢れ出る鮮血。パトカーと救急車のサイレンが夜のネオン街に響き渡った。 父から聞かされた真実は新聞やテレビ、ラジオから流れる報道とは大きく食い違っていた。どう見ても仕掛けた力道山が悪い。直接の死因は刺された事によるものではなく、その後の処置だった。ベッドの上でたかをくくっていた力道山。 「こんな傷大したことはない」と自分の腹を叩いて見せたと言う。自分の強さに溺れた結果の死だった。 彼の裁判が始まった時、大勢の子ども達から「ばかやろー」と非難を浴びた時が一番辛かったと言っていたらしい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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