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ヘンリーの国際関係学

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April 7, 2006
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テーマ:海外生活(7772)
子供の笑顔


「あれだけ貧しいのに、笑顔でいられることがすごいと思った」

フィリピンの貧困地区を訪ねた人たちは、口を揃えてそのように言う。
僕もまたそうだった。
経済的に恵まれていながら、笑顔を忘れていた自分に気付かされ、励まされる。
そして、「貧しく、厳しい生活状況の中で、なぜ笑顔でいられるのか」と感心をする。


だが、こう思う。「感想は、それだけで良いのか」と。
「『なぜ笑顔でいられるのか』ということに対して、もっと疑問を持つべきではないのか」と。


そこで、理由を考えた。彼らの笑顔の理由は2つあると、僕は思った。
“希望”か、“絶望”である。




希望。

僕が出会った多くの人たちはNGOの支援を受けている。
つまり、万が一の時は支援を受けることができるという希望を持つことができる(実際には、経済的に不可能な場合があるだろうが)。
「どうにかしてくれるはずだ」という思いがある。


アペロクルスにある都市型スラムを訪れた時、ある写真を見せてもらった。
そこには、家を失った火事の後であるのに笑顔でいる住民たちが写っていた。

2005年のクリスマスの直前、この地区で火事が起こった。
密集した住宅、しかも材料は木材やビニールシートなどである。
火事は延焼し、多くの人々が住む場所と家財道具を失った。
わずかばかりの貯金も灰になった。
不幸中の幸いで使者は出なかったが、紛れもなく大惨事である。


しかし、その直後の写真には笑顔があったのである。


ACCEは、火事後に迅速に支援を行った。
そのことが、彼らに笑顔を与えたのではないだろうか。
僕にはそう思えて仕方がない。


(ACCEは、火事が起こるずっと以前からこの地区を支援している。
 公衆トイレの設置や奨学金、ポストカードつくりの仕事などである。
 当初、住民たちは懐疑的だったそうだが、実績を重ねて信用を得てきたという。
 その成果は、この地区を歩くだけで分かる。
 僕は一参加者に過ぎないが、子供たちは一緒についてきたり遊びに来たり、大人たちは見ず知らずの我々に笑顔を向けてくれる。
 それはまるで映画の1シーンのようである。)

アペロの再建
(火事があった地域にて。僕は右にあるコンクリートの建物の手前に見える、家で一夜を過ごした。子供たちと踊り狂い、似顔絵を描いてもらい、笑い合いながら。)





あるいは、絶望。

ただし、この絶望とは「潜在的絶望」とも言えるものである。
裕福な生活をする者たちと比較して自分たちを判断するのではなく、今の自分たちだけを見る。
上等な生活という情報を(無意識にせよ)遮断することで、現在に満足する(しかない)。
そして、笑う。
そういった類の「絶望」である。


「Just accepted. No option.(受け入れるだけ。他に選択肢なんてないんだから)」

この答えは、生活や仕事についての満足感を尋ねたときに、必ずと言って良いほど聞いたものだ。「満足している」という言葉の後に。


ゴミ山でのインタビューの際には、こんなことがあった。

「欲しいものはありますか」と尋ねられた女性は、
「家族みんなで暮らすことができる。それだけで幸せだ」と答えた。

我々は、笑顔でその答えを聞いた。

だが、ふいに彼女の瞳から涙が頬を伝ったのである。

少しの沈黙。

……。

彼女が、再び、口を開く。

「子供たちのために奨学金が欲しい。学校に行かせてやりたい」



目に見える笑顔だけが、本当の気持ちとは限らない。そのことを、このインタビューの答えは伝えている。





笑顔に対して、我々は何を思うべきか。

励まされる。素敵。すごい。見習おう。
そういった「我々側」の感想も重要であろう。


だが、相手側の気持ちを慮って、考えるべきことがあるのではないか。
笑顔の理由が、絶望ではなく、希望からくるものにするために。


見ているだけではわからない問題もあるのだ。

フィリピンで出会った人々の笑顔は、本当に素敵だった。

「なぜ笑顔でいられるのか」について、もう一度思いを馳せたい。



笑顔のある風景


笑顔のこどもたち





<過去の日記>
フィリピンを訪ねて その0「はじめに」

へんりのヒトリゴト





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Last updated  April 7, 2006 10:42:23 PM
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