テーマ:ベクトルは内向き(16)
カテゴリ:ベクトルは内向き
「例えば、何年も掛けてやってきたことが無駄になってしまうとしたら? ・・・あなたはどう想うだろう?」 今までの努力は何だったのか? 誰もがそう感じることだろう。 しかし、嘆いたり、自棄になったりすることはない。 誰もが、正しい階段を選択して上っている訳ではない。 誰もが、迷いながら様々な階段を何度も上ったり下りたりしているのだ。 そのことを知らなければならない。 間違えたことに気がついたとき、潔くその場から降りられるようになりたいものだ。 それが、誠実という言葉の意味を知ることなのだろう。 「成長とは何だろう? それは言い換えれば自分を捨てる勇気なのだ。」 人間は成長するために、本を読んだり、セミナーを受けたり、何かを得ることによって大きくなろうと考える。 しかし、それは間違った階段を上っているのかもしれない。 少しばかりの知識やスキルを身につけたとしても、どれほどのタメになるのだろう。 「知識を増やすこと・スキルアップをする事」と、本当の成長とは違うのではないだろうか。 おそらく学校の成績が良かった人たちほど、真剣に進路について悩んだりすることがないのだろう。 なぜなら、成績が良い人たちは自分の思い通りの所に入学できるのだから、迷ったり悩んだりする必要がないのだ。 さらに優秀な人であれば、自分が希望する未来をも選ぶ事ができるだろう。 そうやって優秀な人たちは将来を確定させ、「考える癖」が身につかない環境を選んでいくのかもしれない。 「考えなくてもやってこれた人生は、本当に楽しかったのだろうか?」 本来、自分の人生というものは日々考えるべきであって、前向きに考えれば考えるほど人として成長するものである。 自分の人生について考えなくなった人は、進歩が止まってしまうのかもしれない。 「常に現実を観察し、考え続けているか? 生きている限り、成長し続けているか? 何が真実かを、見出し続けているか?」 一人一人が、自己を向上するように努力することで、世界は発展してゆく。 だから、僕たちは自分自身を大切にすることと、それと同時に、他人を大切にすることを努力しなければならない。 人類の願いをかなえるためには、それができるかどうかなのだから。 他人とともに生きているという関係性を自覚することだ。 一人一人が「他人のために何ができるのか」と自分に問うことだ。 成長するとは、自己の拡大なのだから。 「自分のことしか考えることができないヒトから、他人のことも考えることができる人間へと自己を拡大すること。」 それが試されているのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年02月11日 06時37分51秒
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