169399 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

カナダとほほ暮らし

カナダとほほ暮らし

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2024.10.06
XML
テーマ:エッセイ(98)
カテゴリ:読書

リョウと過ごす夜、緑子はいつも同じ光景を目にした。バスルームから戻ると、リョウは無言で床に落ちた緑子の髪の毛を掃除していた。まるでそれが不潔なものだと言わんばかりに。言葉はなく、ただ淡々と掃除をするリョウを見つめるたびに、緑子の心は少しずつ冷たく傷ついていった。

そのたびに、緑子は自分が嫌われているのかもしれないと感じた。自分の髪の毛が、緑子自身の存在が、リョウにとって厄介なものになっているのだと信じ込んでいた。リョウの家にいるたびに、心にどこか冷ややかな痛みが染み渡るようだった。

しかし、ある時、緑子は気づいてしまった。リョウが緑子の髪の毛を執拗に掃除する理由は、緑子を嫌っているからではなかった。実は、リョウの部屋には他の女性たちが出入りしていたのだ。緑子の髪の毛が残っていれば、次に来る誰かに気づかれてしまう。それを避けるために、リョウは緑子が去った後も、次々と髪の毛を掃除していたのだろう。

気づいた時、緑子の胸の中で何かが凍りついた。リョウの無言の掃除が、緑子への冷たさではなく、彼の裏切りを隠すためだったことを知った瞬間、緑子のリョウに対する感情はすっかり変わった。愛情は消え、代わりに冷たい憎しみが湧いてきた。無言で、淡々と床に落ちた黒髪を集めるリョウの姿は、ただ自分の二重生活を守るための行為だったのだ。

年月が経ち、緑子はリョウを忘れようとしたが、時折、夢の中でリョウの姿を見た。年老いたリョウが、狭い部屋で一人きり、再び床に落ちた埃や髪の毛を掃除している。だが、その黒髪は緑子のものではなかった。孤独が積もった部屋の中で、リョウは一人、自分の過ちと共に生きていたのだ。

その夢の中で、緑子は冷ややかにリョウを見つめていた。リョウはもう他の女を迎え入れることもなく、ただひたすら自分の孤独を掃除し続けていた。愛されることなく、掃除の行き届いた床、静かな部屋の中で。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024.10.06 12:43:26
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X