「あなたが真珠を採りたいと思えば、大洋の底へと飛び込まなくてはならない。私たちの周囲には美しいものが沢山あるが、価値のある真珠は、深海の底でしか発見できないのである。そのように、霊的真珠を手に入れたいと思えば、わたしたちは深きへ飛び込まなくてはならない。つまり、祈りに沈む事である。祈りと黙想という秘密の深海へ潜水する事である。そのとき、わたしたちは高価な真珠を感じ取るのである。」
彼はすでに出来上がった祈りをマントラのように唱えるわけではない。先にも述べたように、そのときそのときに応じて、もっとも適切な生き生きとした祈りが、直接聖霊から教示される。彼は、祈りを決まり文句のように機械的に唱える習慣をつけることに警告を発している。祈祷書への頼りすぎは、聖霊の自由な出入りを妨げる事になるだろう。「聖クリソストムその他の人々の祈りは美しい。しかし、時と共に機械的になる恐れがある。人の必要とするものはハートの中にあって、祈祷書の中にあるわけではない。死に掛けている人がいた。聖職者が彼を訪ねたが、祈祷書がポケットにないことに気づき、それを取りに家に帰った。だが、戻った時にはすでに男は死んでいた。そのとき人々はこう言った。「この人の祈りは心からでてくるものではなさそうだ。ポケットから出てくるようだ。」と」
サンダー・シング