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テーマ:暮らしを楽しむ(388242)
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幼年期
引越し、転校が多かったこと そうして両親が忙しく、親戚に預けられたり 病院に行っても置き去りだったこと また一大事件で突出する自分の全否定があったこと これら背景が良く言えば、周りに溶け込む術を 体験的に身につけていて、いつも「良い人」になっている。 良く言えばそうだが いつも、自分を抑えているところがある。 根本的に性善説を信じているし 俗悪な自分が内面に秘めているということはないはずだが とにかく 抑えている。 人は奇異な、ケレン味もないような私の行動に 衝撃を覚える事はあるようだが それでも 抑えに抑えている。 気づいていないかもしれないが、その行動の最中 目が 一点を見据えてない。 その行動の際にも、抑えながら 目の前の人の反応どころか、ずっと向うの人の反応を気にしている。 だから、6月~8月の街頭での選挙活動も 目の前の人と話しているが、回りの人の反応も見ていて 言動を抑えつつ話す。 だから 当たり障りないが 情熱的ではない。 内容に反応してくれているだけで 私の存在に感動はしていなかっただろう。 抵抗感はない感じではあるはずだが・・・ きっと ずっとそういう行き方で 一大事件の時だけ 抑える自分の無い時で事件を起してしまったのだろう。 だから もともと 「 抑えて ニコニコしている 」のが本来の姿なのだろう。 そうして「抑えて」が「難しいことから逃げている」と言う風に人から見えることにも。 とにもかくにも でも 自分擁護ではないが 抑えている部分が悪いものであったとしても その根本には良いものがあって、一時的に汚れてしまった部分であると考え それを 表に出してはいけないと 思っていて それを 無意識に出さない術を持っているのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年11月25日 05時54分39秒
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