エンゾ、その後。。。
便が出にくくなったので頑張ってお薬を飲んでいたエンゾ。力を込めて出そうとするからお尻の穴の横がポコッと腫れてしまった。「会陰(えいん)ヘルニア」になっちゃった。排便のとき、ポコッと出たお尻を押さえてあげて排泄のお手伝いをしてあげてたんだけどいつまでも続けるにはエンゾにも私やダンナにも大変なことなので手術を考えました。2月20日(月曜日)に病院へ行き、先生とお話をして2月25日(土曜日)の午後に医院長先生から手術のことを詳しく聞くことになっていた。・2月25日(土曜日)午前3時15分ごろ急にエンゾが“ウーンウーン”と言い出し便をもようしたみたい。新聞を持ってエンゾの後をついて歩く。少しずつ出すけど背中を丸めたまままだ便を出そうとする。庭に出してやり、排泄させたのが午前4時前。部屋に戻ってもまだ“ウーンウーン”とつらそう・・・便が出ないのに力を込めて出そうとするから吐いちゃった。午前7時にダンナ起床。この頃には少し落ち着いていたのでもぅ大丈夫かと思ってた。午後5時には病院へ行くから見てもらえるしね。午前中はいつもより元気はなかった。やっぱり疲れてる様子。午後、なんだか様子が変。午後3時、ダンナが仕事から帰宅。この頃にはソファに横になったまま動かなくなっちゃった。エンゾを抱き、車に飛び乗り病院へ。車の中から病院へ電話をしてエンゾの様子を伝えた。先生が手術中とのことだったけど病院へついて、エンゾの姿を見た受付のお姉さんができるだけ早く見てもらえるように伝えてくれたようで4時半頃には診察室へ入れた。・意識混濁心拍異常、即ICUへ入った。信じられなかったです。この日は入院。・2月26日(日曜日)午後12時30分に面会朝はご飯を食べてくれたらしい。私たちの顔を見ると抱っこをせがんだ。ひざの上に乗せると「連れて帰って」と訴える。私も連れて帰れると思っていたのに「心拍が落ち着かないのでお返しできません」と言われてしまった。確かに酸素室から出ると、舌の色が悪くなってしまう・・・お尻の腫れた部分を見やすいようにお尻の半分をバリカンで刈られることになった。とょっとヘンだけと、毛はまたはえるからいいよね。・2月27日(月曜日)私達に会って、騒ぐと心臓によくないと思い今日は面会に行くのをやめておくことにした。でも、心配なので電話で状態を聞こうとしたら「面会に来てあげてください」と言われ仕事中のダンナに連絡し、速く帰ってきてもらった。どうしても心拍が落ち着かないらしい。このまま同じ治療をしていても変わらないのでもう少し積極的な治療をすることになった。日曜日の元気はまったく無く、ぐったりとしたエンゾ。とにかく、早く元気にしてあげてほしい。早く家へ連れて帰ってあげたかった。積極的治療。モルヒネを打って、心拍を落ち着かせることになった。私たちには先生に任せるしかなくて、お願いした。モルヒネを打ってもらったエンゾは少しずつ意識が遠のき、眠りについた。とにかく、心臓がちゃんと動いてくれることを祈り帰宅。・2月27日(月曜日)午後11時40分頃病院から電話。「モルヒネを打った後も心拍が落ち着かなかったのでニトロパッチを歯茎にはり、しばらく離れている間に心臓停止。今、呼吸停止を確認しました。蘇生術をほどこすこともできませんでした・・・」エンゾはたった一人で逝ってしまいました。。。2日半の入院でたくさん検査をしてもらったけど結局、原因はわかりませんでした。病理解剖も言われましたが原因を知ったところでエンゾは戻らないので断りました。・3月1日(水曜日)大雨たくさんの方にいただいたお花に囲まれエンゾは白い煙になり空へ昇っていきました。3月7日には7歳になるはずだったエンゾ。あまりにも早く、突然のお別れにまだ心の整理がつきません。マーレも初めて一人になり落ち込んでいるようです。今はマーレと一緒に元気を取り戻せるよう頑張っています。