Melete thanatu
父が他界して、ふた月が過ぎた。 最後の日の朝、病院のベッドの上で、ぼんやりと天井を見上げている父の薄茶色い瞳があった。 ああ、この二つの茶色の瞳はいつだって私を、家族を見つめていてくれたのだった。 私の瞳が薄い茶色なのは、父譲りだったのだと改めて思う。 私が父の側に来たことはわかっているだろうけれど、もう父はその視線を私の方へと向けてはくれないのだった。 だんだん呼吸が荒くなる父。 その父の魂を、私は心の目で凝視していた。もう私などが父の魂の善を祈る必要もないほどに浄化されているように感じられ、清められた魂にあやかりたいとさえ思い、父の魂の前にひれ伏すのだった。 そして握りしめた手から、全身全霊で尊敬と慕情とを送った。 melete thanatu, melete thanatu. 私の意識の中に突然鋭い太陽の光が差し込むように、大きく広がり、じわじわと全身を覆いつくすメレテー・タナトウ(哲学とは死の練習)という言葉よ!愛する人の存在が無へ変化することが、こんなにも厳しくて悲しいもであるとは。それでいて、死は、父を肉体の苦しみから解放することができるのだろう。父と私達にとっての最後の共同作業、それはメレテー・タナトウであった。 時は刻み続ける。 父と私の関係だけが後退していくように感じられていたけれど、後退しているのではない。 そんな風に思える自分が今はいる。 青空を見上げると、「ありがとう」の気持ちでいっぱいになる。