カテゴリ:子供
ボスの命日に 母が 『ちょっと、庭へ出て』 と言う。
私は 澱んだ心で回想にふけっていたかったので 正直、うっとおしく感じていた。
それでも 心のどこかに 彼が置いていった 前向きさと好奇心が残っており、 私は彼の子を抱き 何事かと 庭へと出た。
一月だというのに 雪も降らず 庭は 春を思わせる 眩しく柔らかい日差しに 溢れていた。
大きく深呼吸をしてみた。
日差しは温かくても 冬の匂いが体中に巡った。
こうして、 彼の好きだった庭に出て 外の空気をゆっくり吸いながら 散歩したのは 久しぶりだった。
最後にこうして歩いたのは いつの事だったか 思い出せなかった。
遠くで母が手招きをしている。
温かいとはいえ冬のため、 乾いた色に染められた庭だったが、 笑顔で手招きする母の傍には 鮮やかな紅色がちりばめられた 一本の木があった。
それは そこに生えていたのも 忘れていたくらいの 小さな木で ちりばめられた 鮮やかなものたちは 椿の花だった。
萌える命の色だと思った。
母の片手には はさみが握られている。
私と彼の子に 『お父さんにみせてあげようね』 と語りかけ、 一番鮮やかに咲いていた 冬椿を 一輪切った。 ・ ・ ・ ・ ・ ・
思えば不思議なことだった。 この家に引越してきてから 椿など 見たことがなかったからだ。
何度草刈りをしたことだろう? 庭のことは季節を問わず 隅々熟知していたはずなのに。
今までは この椿の木は 花を咲かせるどころか 生えていることすらも アピールしたことなど 一度もなかったのだ。
椿が どんなサイクルで 花を咲かせるのか、 私は知らないので もしかしたら 今年がそのサイクルなのかも知れないとも 思ったが、 それでも この日の私にとっては、 なんとなく 特別なことが起こったように 感じた。
切り落とした一輪の椿を 子どもに持たせて 夕暮れの庭を散歩した。
気付けば、 さっきまでの 憂鬱なまどろみは 何処かへ消えていた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
母に感謝。 子どもに感謝。 奇跡に感謝。 そして、 自然に感謝して、
私は想像になかったくらい、
優しく 温かで 穏かな 一月の命日を過ごせた。
ありがとう。
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