三行半を突きつけられた彼女は、愛犬とともに両親が住む「実家」へ身を置くことになり、別居生活が始まった。その間に夫は、協議離婚の書類を持って妻の「実家」へ何度も足を運ぶことになる。
別居に先立って、妻は自分のブランドものの服、靴、バック、貴金属類等はもちろんのこと、高級家具や家電製品、果ては愛読書の少女漫画100冊からアルバムの写真まで剥がし取って出て行った。総額1000万円は優に越えるが、「欲しいものは全部持って行っていい。」との夫の言葉通り実行した。この時、「ごめんね。この10年間、夢のような生活させてもらって・・・。」と、殊勝にも初めて感謝の言葉を口にした。夫は、妻への財産分与の気持ちもあったが、妻との想い出の品を清算してしまいたかったのだ。運送業を営む彼女の父は、トラックてんこ盛りの荷物をシッカリとくくり付けながら、「社長さん、すんまへんなぁ。こんなことになってしもて・・・。」と神妙な表情を見せた。
彼女は別居して初めて自分の置かれた立場に気づいたようだ。好きなものを買い、なに不自由なく愛犬と気儘に暮らした生活を失うことが惜しく思えてくる。一旦は離婚を覚悟したのだが、時が経つにつれ離婚を渋る態度に変わった。夫が訪れると「私の悪いところは直すから」とは言うのだが、反省する気持ちは窺えない。もはや夫の冷え切った心を取り戻すことは不可能だった。仮に、妻の悪いところなど羅列したところで、どうしようもない。親兄弟親戚との関係、金銭感覚のない浪費、我が儘な性格、社長夫人としての不適格さ、思い遣りのない態度、数え上げれば無数に浮かび上がる妻の欠点。10年間の夫婦生活の中で起こった様々な事、夫婦の間の些細なこと、我慢してきた全てのことを言ってやりたいが、口にすることの虚しさが先に立つ。つまるところ、離婚原因は「性格の不一致」ということになるのだろう。そんなことを「善悪」の秤にかけるのは無理というものだ。けれども夫には、中小企業の社長という立場がら、なんとか早く決着をつけたいという焦りがある。いままで、散々こいつに振り回されてきた。もうごめんだ。妻の「実家」へ足を運ぶのは、いつも仕事が終わってから。今日も疲れた体を休める暇もなく、自ら車を運転してここにやってきた。彼は重い口を開き、ひとつひとつ妻にぶつけてみた。だが、彼女は「ふーん」「それから?」と、嘲笑するような態度で聞いている。「たったそれだけ。そんな理由で離婚したいん。私に悪いところないやん。」と言わんばかりである。糠に釘。それでも、畳み込むように言う彼の言葉に、「わからへん。わからへん。」と逃げまわるのだ。さっぱり埒があかない。夫は、この期に及んで、まだ振り回されている自分が腹立たしく思う。妻の傍らには、娘に寄り添うように黙ったままの両親がいた。