我が集落の再舗装
今年は須崎市が、2000万円もの予算を組んで、我が部落の道路の舗装を遣り直して呉れた。道は1000メータ位の長さだが、大変綺麗になった。 部落の住民16軒が払っている市民税は合計で、恐らく100万円も無いだろうが、大変な出血サービスである。有難い事で国に感謝しなければならない。何故なら市道とは言っても、市の予算の7割は、国からの補助金で、市税は職員の人件費にも成らないぐらいだからだ。 この道は40数年前に、半島を縦貫する県道が山の上に出来、下の各部落に、魚の骨のように、降りる道が出来た。それまでは、自分で動かす船で内海を渡るのが、一般社会と繋がる唯一の交通手段だった。 だから、部落道路の土地は全て個人が寄付したそうで、1円の地代を貰っていない。それが部落住民の自慢でもある。 このような過疎地を抱えていると、その集落からの税収の数十倍の経費が掛かるのだから、市は堪ったものでは無いが、市の職員もそうは思わない。個人のお金では無く、そうするのが当然と思うのだから、公共工事にはコストとか、投資効率の意識はあり得ない。 まあ、40年も経過するとアスファルト道も変になり、穴がボコボコ開く。それに住民たちでセメントを流し込むから、ガタガタだ。その修理だが、それにしても嬉しいものだ。路肩もセメントで嵩上げしたから、結構広くなった。 それにしても、このような工事をする経営者と言うか現場監督も、従業員も、余り質が良くないようで、道の横には空き缶や空き瓶が、ドンドン捨てられる。 何時も犬の散歩時に集めているから、釣り客が捨てる数倍の速さで、空き缶が捨てられるから、99%工事の人だと判明するが、自分達が工事しているのに、その横の捨てるとはね。工事をして呉れるので注意は出来ないけどね。 このように少々だが、路肩をセメントで持ち上げて呉れたので、セメントの幅20cmと路肩までの斜めの部分が道となり、約30cm広くなった。両脇だから、60cmも道が広くなった。その分運転をし易くなった。 写真真ん中の谷の奥に、私が作った囲炉裏小屋の煙突屋根が見えるが、我が家までの道は舗装して呉れない。理由は1軒しか無い道だと、公共工事に成らないと言う。2軒以上の道でないと成らないそうだ。そしたら法的に離婚をし、一人が囲炉裏小屋で住んだら、2軒になるが、舗装をするのだろうか?