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ひよきちわーるど

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2007.05.02
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カテゴリ:日本の古典


毎日拝見しております大好きなサイトにて
次のような歌を目に致しました。


浦がくれ入江に捨つる破舟の我ぞくだけて人は恋しき



この歌が余りに深く心に残り
ここ数日の間ずっと 心の中で繰り返しています。

初めてこの歌を目にしましたとき、一瞬息を止めてしまいました。
息を止めこの歌に見入ってしまったのです。





・・・遠い昔、たった一度だけ 恋のために打ちのめされたことがありました。

私自身幼い頃から人一倍内気で 親にさえ本心を打ち明けることのできない子どもでした。
学校の教室でも おそらくはいるのかいないのか分からぬほどでしたし
授業中に発表なんて恥ずかしくてできませず
お昼休みにはいつも机に向かい、絵を描いているようなそんな女の子でした。



・・・そんな私がいつしか年上の人に恋をしてしまったのです。

その人の話についていきたくて その人の読む本を次々に読みました。
虹を見るたびに 道端に咲く花を見るたびにその人に報告したかった。
同じものを見て 同じように胸を躍らせたかった。

その人のこと、どんなに些細なことでもかまわないから知りたくて
たくさんのことを質問しました。



相手が年上の分、なんだかいつも上から見下ろされているような気がして
私、心の中でそのことに反発もしていて(笑)

その人のお母様はずっと病弱でいらして
お母様と一緒に楽しく過ごした思い出をその人は持っていませず
私と知り合う数ヶ月前に お母様は既にこの世の人でなくなっていました。

・・・この人は幼い頃からその心の中に 淋しさを詰め込んできた人なのかと
胸が少し しんとしましたことを覚えております。





・・今思いますに、その人は
私が生まれて初めて「甘えてみたいな」と思った人でした。

冒頭にも書きましたが、私は親に対しましても本心を言うことのできない子どもでしたので
親からは「子どもらしくない 可愛気がない」などと言われておりました(笑)。

甘えようたってどう甘えればよいのかその方法が分からなかったのです。



ですので ずっと以前の日記にも書きましたけれど
悪阻の時ですら両親に対して「辛い」と言えませず

「私、辛くて仕方ないよ」という一言を口にしますのにも
遠く九州にいる親に聴かれてはいけないと
自分の住む部屋のカーテンをきっちりと閉め 誰も傍にいないことを確認しましたうえで
「・・辛いなぁ」と呟くような そんな人間でした。

関西に住む私の呟きなど九州の親に聴こえるはずがないのです。
なのに その聴こえるはずもない呟きを聴かれてはいけないと
部屋のカーテンまで閉めてしまう私は一体何なのだと思いました。

・・・馬鹿だな、と思いました。

本当に自分は甘えるのが下手なのだと
こういうところが可愛気がないということなんだと悲しく思ったことを覚えております。







好きだったその人は、
そんな不器用な私が生まれて初めて「甘えてみたいな」と思った人でもありました。

甘えると言いましてもベタベタするとかそういうものでは決してなく
自分の気持ちを相手に素直に伝えるということでした。



・・・それまで、人を好きになるということに対し、私は何処か淡泊であったのかもしれません。
自ら進んで人を好きになるという感覚をほとんど理解せずに来てしまっていたのです。

仮に自分の目の前にいる人が少しずつ離れていくとしましても
それはそれで仕方のないこと、と抵抗なく受けとめてしまうところがありました。




そんな私が その人に対してだけは素直に心を開き
その人のことを知りたくて質問もし、自分のことも伝えたりしました。

その人に対しこんなにたくさん質問をして、こんなにも心を開いて
私自身、とても不格好であろうことは分かっていました。
こんなに手放しで人を好きになってよいものか、と思ってもいました。




・・・数年後 結局はその人と価値観が一致しませず 離れていくことになるのですが
その時になって初めて 人を好きになるということの深さを知りました。

言葉では上手く言えません。
本来このようなことは言葉になすべきものではないのかもしれません。






人を好きになると 心はまるでモビールのようになってしまうのかと思いました。
想う人と離れていくときに そのモビールはひどく不安定になるのだと知りました。

理性、恋しさ、慕わしさ
温かさ、笑顔、思い出 淋しさ 悲しみ。

いろいろな感情や記憶が一度に湧き出て
それまで辛うじて理性や感情など均衡が保たれていたとしましても
それでも人の心は砕けてしまうのだと その時に初めて思い知ったのです。






不思議なもので 悲しみでいっぱいになっている自分を
もう1人の自分が冷静に見つめておりました。

ある時には悲しみで胸がふさがれるようであり
好きだった人に教えてもらった花々を目にするたび心の動きが止まり

つまりは ひとつひとつの心の動きがばらばらになっていたのです。






・・・もしも 割れて砕けてしまった自分の心が
仮にお茶碗であると仮定しましょう。

お茶碗なのですから大きな破片は手で拾い上げ
注意しながらビニール袋などに入れるでしょう。

そして指で拾い上げることのできない小さな破片は掃除機で。
もしくは箒で掃き 短時間でお掃除を終えることと思います。





けれど、心はお茶碗なんかじゃない。

自分の心が砕けてしまったあと
大きな破片には もしかしたら その人が教えてくれたきれいな夕焼けの色が残っていて
小さな小さな破片にはその人と一緒に見た花の色が残っていて

そう、どんなに僅かなかけらにさえ
消えることのない思い出が刻まれていたのです。


もしも、誰か他の人が
「こんなに破片が散らばって危ないわね」と箒で掃除しようとしたなら
私は 粉々に割れた、もう捨てるしかないかけらの前に立ちはだかり
一体何と言うのでしょう。


「触らないで!」とでも・・?



それとも 何も言うことなどできず

誰にも触らせまいと 砕けたこころのかけらの前で通せんぼして 
ただ 目に涙をいっぱいためて 
そこに立ちつくすしかないのでしょうか。











浦がくれ入江に捨つる破舟の我ぞくだけて人は恋しき



殊に下の句「我ぞくだけて人は恋しき」が心に残ります。

もしも仮に「我はくだけて人の恋しき」だとしますと
これほどまでに胸に残ることはなかったろうと思われるのです。








この歌を詠い上げた彼の人が 
目の前にひろがる海を眺め 今に至るまでの心の嵐を想い

やがて 海に向けていたその視線を
七百年の後の私たちにゆっくりとうつしながら


そなたは人を恋うことをとめられるか と

ひたとこちらを見つめ 
そう問われているように感じるのです。











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Last updated  2015.05.29 09:47:44
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