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ひよきちわーるど

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2010.09.08
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カテゴリ:生と死

今年の夏ほど、暑さのこたえた年はなかったと思う。

確か1994年の夏も殊の外暑かったことを記憶しているけれど
それでも、今年ほどではなかったような。




・・・体調思わしくなく目眩も激しく
床につくことの多かった夏ではあった。

それでも、娘の受験勉強、夏休みの宿題に対し
お布団の中から少しずつでもアドバイスを。




今はまだ40代半ばであるから、少し休めば復調し
また元の生活に戻ることも出来るけれど
これが、年を重ね本当に無理のきかぬ身体になったとき
果たして、私はどのように暮らしを続けてゆくのだろうと思った。

自分が本当に動けなくなったとき
台所の仕事、洗濯部屋の掃除など一体誰がするのだろう、と。

そしてまた、この家にある諸々の荷物など
最終的に一体誰が処分するのだろうと。



今まで何年もかけて家の中の整理をしてきたけれど
それでも、まだ多くの不要物が我が家にはある。

これから少しずつ涼しくなる中で
不要な物、おそらくはもう使わぬ物など
家族の承諾を得ながら次々に処分していきたいと思っている。




・・・思えば、もう、人生の半ばなど
とうの昔に通り過ぎてしまった。

後は少しずつ、下ってゆくばかりの坂道である。


確かに、身体的には下ってゆくしかないのだけれど
けれど、精神的には豊かに 深くなっていきたいもの。

年を重ねれば 若い人たちの言動に疑問を感じたりすることも多くなると思うけれど
同時に、寛容にもなってゆくのではないだろうか。

10代、20代の人たちの過ち、失敗・・・
それらはいずれも、若かった自分自身がやっていたかもしれないこと。

いや、もっと言えば、自分もまた彼らと同じことをやっていたのだと。
ただ、時間の経過とともに自分が忘れているだけかもしれない、と。





・・・・これから更に年を重ね 老いを迎え
免れ難き死を目前にしたとき

私はどのような気持ちで
日々、暮らしているのだろうと思う。


三世変わらぬものを性と言うならば
おそらく私のことだ、過去世においてもまた
迫り来る死について、あれこれ考えを巡らせていたのだと思う。





・・・前の世の私にひとつだけ、言いたいことがある。

それほどまでに、深刻に
死について思い煩う必要はない、と。

死んだら自分は一体どうなるのだろうと
怖ろしく思う必要もないと。




死は、「通過点」ではないかと思っている。

ひとたび死んでしまったなら
「死」が常態になったままでいるのではなく

それはあくまで通過点に過ぎないもので
私たちは また再びこの世に生まれ出てくるのではないかと。




・・・だから、死について
散々思い煩ったであろう前の世の自分に伝えたいこと。

死んだらどうなるのかという、その問いに対し
今の、この私の存在そのものがそのまま答えなのだ、と。





いったんは方便としてこの世を去るとしても
再びこの世に生まれ
新しい自分の生を構築していくのだと思う。



それを思えば、来世において
再び、あの快活な子ども時代を送ることが出来るのかと
少々楽しみな気もしてくる(笑)。

そう、あの頃は生命力にあふれ
何もかもが新鮮で
世界が笑いかけてくれていた。






・・・リアルの人間関係にしても
ネット上のおつきあいであったとしても

お互いの人生の途上において
かけがえのない出会いがあったことには何の変わりもない。

その出会いは全て
いのちに刻印されているという点において同じである。






え、ですので、皆さま
来世、またお会いできることを楽しみにしております。


そうですね、目印は・・・・ひよこかな。

ひよこと万葉集とをこよなく愛する人間がいましたらば
それはきっとひよきちです。



あ、そこのあなた、避けてはいけません(笑)。

この世で会ってしまったということは
きっと、次の世でも会ってしまうということであります。




覚悟を決めましょう Ψ(*^▽^)Ψ












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Last updated  2015.03.12 09:31:31
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