臙脂色の本
遥か昔に存在し、今も生き続けると語られる不死の人間。『臙脂の世界』カオルは幅広の机の上に、半ば放り投げるようにその本を置いた。タイトル通りに臙脂色のその本を。辞書程に厚みのあるその本は、少しの衝撃とその重量感からは想像も出来ないくらいの軽い音を立ててカオルの耳を揺らした。我知らず口元より立ち上る溜息。悪い癖と知りながらもなかなかやめる事が出来ない。「不死の…………………人間………か」呟きは口の中だけで、空気と混ざり合うよりも早くそこだけで消えた。不死の、人間。永遠に死なない人間。くだらない。生きているということは、いつかは死ぬという事だ。死ぬということは、命に限りのある事を証明している。生物とは生きて死ぬものだ。生は死があるから存在し、死は生有る故に在る。どちらかが突出して存在する事など有り得ない。生物で有る限りは。人間であるからには。そんなことは有り得ない。逆に言えば、不死であるものは不死で有るが故に生物では無い。生きていながら死なず。死なない故に生きてもいない。その身には生も死も宿って折らず…………………。永遠に生き続けるが故に死を廃したその生物は不死で有るが故に生物ではなくなってしまった。そして当然、人間でもない。人間もまた生きているものなのだから。「……………………………」世界の何処かに存在するかもしれない不死の人間を思い。カオルは薄ら寒くなり、立ち上がってその部屋をでた。一度だけ振り返って机の上を見ると、しまった覚えの無い臙脂色の本は何処かへ消え失せていて。後には闇色の空気だけが残されていた。