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カテゴリ:生きる
参道を横にそれて石段を数段登った。
拝観料を払い、くぐり戸を抜ける。 そこにはまだ静寂があった。 廊下越しに見る薄暗い部屋の襖には達磨絵が配され、 床の間の軸も禅僧らしきもので、どちらも室町時代風。 山を拝した日本庭園は、 造られたものというよりは、自然のままの趣である。 地下水が集められて山から一筋の小川が流れ、 水はちょろちょろと音をたてて池に注ぎ込む。 鯉はときおり水を弾きながら群れ泳いでいる。 庭のそこここに草が生えているのも嬉しかった。 紅葉した楓の下をくぐり、池に沿って獣道のような遊歩道を歩く。 紅葉した樹木と常緑樹とが混在し、そのコントラストがいい。 幾条かの木漏れ日を浴びるだけの 熊笹も羊歯も、苔もその生を謳歌していた。 暫くして、私は思わず立ち止まった。 それは、幽玄の世界を見るようであった。 青々と繁る青木の傍に、 紛れもなく真っ白い葉をつけた一本の木が生えている。 私は自分の目を疑った。ほの暗い林の中で、 そこだけがぼうっと明るく見える。 白い葉は朴のように大きく、葉脈がくっきり透けて見えた。 落葉する前の、幽かに生にしがみついている姿なのかも知れない。 その木の下にはまだそれらしき落葉はなかった。 「不気味ですね」 振り向くと、深いグリーン色のジャケットを着た 白髪まじりの男が立っていた。 「死人を見るようですね。僕はあまりすきじゃないな」 クリーニングの利いた白い Yシャツを着て、 襟元には茶系のアスコットタイが覗く。 ズボンはセピア色を少し薄くしたような色で、 もう少し無造作に着こなした方がいいのに、 私はそう思いながら道を譲った。 「お好きですか?寺は。 随分ゆっくりご覧になって」 「ええ、心が落ち着きますから」 私の前を通り抜けながら尋ねる男に、 私はぶっきら棒に、そして呟くように応えた。 男は、少し不自由な左足をかばいながらも、 確かな足取りで去っていった。 再び参道に戻ったとき、 日は、残された僅かの時間を惜しげもなく降り注ぎ、 逆光に浮かぶ紅葉は、複雑な光の屈折の中で、 ひときわ私の目を釘付けにした。 光を浴びた葉の裏は透けるような赤となり、 そこに陰も加わる。明度の微妙に異なる幾種類かの赤と黒とが交錯する。 光と影が織り成すその自然の芸術を、どう言い得ようか。 参道を登って来る時、 私は日を浴びた鮮やかな紅葉に、思わず感動と驚愕の声を漏らした。 しかし今、夕日に向かって佇ち、目にする木々のなんと美しいことか。 光が美しさを引き出すように、 陰もまた、更なる美を演出してくれる。 古くからの、日本家屋の設え(しつらえ)がそうであったように。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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