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テーマ:みちのく一人旅(27)
カテゴリ:みちのく一人旅
こんばんわ~、ニコライです~
ここんとこ、天気がスッキリしなくてね。 どうも、お城のお山の付近は、 城下が晴れてても雨だったり霧だったり・・・ ともかくですよっ!週末の楽しいお話は置いといて、 涌谷町のレポートの続きをしなきゃね。 このガイドブック↓は、なかなか素晴らしいね ■観光ガイドブック「涌谷を遊び・訪ねる」 どこで貰えるんだろう? ←多分、ココとか・・・■天平ろまん館 わかるかな?屋根瓦が被災してんの・・・。 でも、見学はできるみたいだよ◎ 東大寺の大仏さんの金箔は、涌谷の金だって話。それで「天平」。 その御縁で、今でも、 涌谷町民は、奈良の東大寺の拝観料がタダなんだってさ。 なんかね、聖武天皇の御手紙で、 「未来永劫、ここの住民は、東大寺拝観はウェルカム♪」 みたいな、そういう約束がされてるらしいよ。へぇ~。 ついでにさ、交通費も、無料にして欲しいけどね。(^^;) ところで・・・ ニコライ一家は、坂上田村麻呂の山(箟峯寺)に登ってから、 次に、この町のもう一つの必見所に行った。 江戸時代、この辺が伊達領になってから、ここ涌谷は、 政宗直系の伊達家(涌谷伊達家)の所領になったんだが、 最初の3代(?)を除いて、幕末までの涌谷伊達家のお墓が、 亘理伊達家の時みたいに、一ヶ所にまとまっている。 ■見龍寺・涌谷伊達家御霊屋 見取り図はこんな感じ。 普段は、塀に囲まれてて、中に入れないらしいんだけども・・・ ←被災して、塀が壊れてるところがある。 政宗の御霊屋みたいに、本当はカラフルだったのかもしれないけど・・・ 小屋になってるのは、4代・5代・6代だけで、 後は、石碑だけになってた。 時代とともに伊達藩が貧乏になってったのと、関係あるのかな? (;¬_¬) 見龍寺の御霊屋の中に入れるのは(ええのかっ?)、 被災中の今だけっ!皆の衆、チャンスだよっ! 涌谷町の道は、波打っててウネウネで、 ←あちこち断層があるから、 スピードを出して走ると、モーグルみたいに飛んじゃうんだよ。 良く見ると、橋げたとかも、 ←地面が80cmくらい橋より沈んでたりする。 今は太鼓橋みたいになってるけど、 これは、本来は水平だったらしいよ。岸が地盤沈下したんだよ。 液状化も激しかったから、 ←マンホールも飛び出しちゃってるしさ、、、 でも~、予算の少ないちっさい「町」だから、 ちゃんと道とか全部を直せるわけじゃならしいし、 津波の被害が無いから、町民の住宅の全壊・半壊審査も厳しくてさ、 今までだったら「半壊」になった家屋も「一部損壊」なんだって。 つまりだねぇ~、「半壊」か「一部損壊」かは全然支援が変わってくるからねぇ、 今回みたいに、被災程度の差が激し過ぎるとさ、 お国は、そう簡単にお金出したくないってことだよね~。 涌谷は、水道が復活するのが遅かったみたいだしさ・・・ ライフラインが復活するのに1ヶ月かかったとか聞いたんだよな。 なんか、涌谷の人たち、 エライ目に遭ったってのに、気の毒だよな~って、思う。 でも、町民は、少なくとも道の陥没に関しては、 「前がら、それほど道が良がったワケじゃねぇから。 こ~んなもんだったっぺ~」(←この東北弁は合ってるのか?) と、実に大らかなもんなんだ。(^^;) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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