カテゴリ:事件・裁判から法制度を考える
私は,以前,光市母子殺害事件懲戒請求騒動において,懲戒請求に不法行為が成立するとした場合,相互に意思の連絡がなくとも、共同不法行為が成立するのではないかという意見を述べたことがあります。 これに対し,今回の佐々木亮弁護士らの懲戒請求騒動では、弁護士の間では懲戒請求に不法行為が成立するとしても、共同不法行為は成立しないという意見が多いようです。 そこで,改めてその点について調べ直したりして思ったことを書いてみました。 共同不法行為とは、複数人が「共同して」不法行為をした場合,不法行為者全員に損害について連帯責任(講学上不真正連帯債務という言い方をしますが、ここではその詳細に立ち入りません)を負わせることが出来る、という考え方です。 不法行為者の一部が逃げてしまったり、お金がなくて払えないというときは、被害者側で把握できている人に全額耳を揃えて払えということが出来るので、基本的には共同不法行為の成立は被害者側に有利と言えます。 そして,ここでいう「共同」とは,通謀していたりする必要はなく,「客観的関連共同性があれば共同している」,と解されています。 例えば,交通事故の被害者が、本来命に別状はなかったのに、救命医療において医療過誤が重なってしまい死んでしまったとしましょう。 その場合、交通事故の加害者と医療過誤の加害者は全額について連帯責任を負う,というのが現在の実務の考え方になっています。(最判平13・3・13民集55・2・328) 交通事故の加害者と医療過誤の加害者は別に通謀してはいませんが、「被害者の死亡」一個の結果を共同して招いた以上は連帯責任という考え方がとられているわけです。 実際問題、共同不法行為としないと、どちらにどの程度の寄与があったかを主張立証しなければならなくなり、被害者側にあまりにも苛酷な結論になります。(証拠不十分で「双方に」責任2割しか認められなかったケースなど) そうした判例を意識して、当時私は懲戒請求が殺到するという事態において各懲戒請求者に不法行為が成立するとした場合には、懲戒請求者間で特に意思の連絡などなくても「懲戒請求の殺到」を一個の被害と見ることで共同不法行為が成立するのではないかと考えてきました。 光市の件では懲戒請求者は基本的には懲戒請求が殺到していることを相互に理解している(少なくとも理解できる)と考えれば,請求者個々人に負わせている責任も苛酷とは言えないと考えた面もありました。 ただ,今回再度判例を調べた所、地裁レベルながらこの考え方とは異なると思われる判例が見つかりました。(東京地判平28・3・23) いわゆる「振り込め詐欺」で、振り込め詐欺師に口座を作って送ってしまった人たちが振り込め詐欺師の幇助をしたとして,振り込め詐欺被害者との関係で不法行為の成立が認められた件…※1です。 振り込め詐欺師はこの手口で何口も口座を手に入れ、振り込め詐欺の被害金を振り込ませるのに使っていたのです。 そして,振り込め詐欺被害者は「口座を送った人同士でも、振り込め詐欺という一個の被害を作っているのだから,全員で連帯責任を取らせるべきだ」と主張したのです。 しかし,裁判所は不法行為は認めましたが,共同不法行為の成立を否定しました。 振り込め詐欺の被害を送った人が助けたのは,あくまでも「送った人が現に送った口座に振り込まれた被害金」。 振込個別に見ればそれぞれの振込ごとに完結しており,他人の送った口座への振込には連帯責任までは問えない、という判断がされたのです。 今回の懲戒請求殺到の件では懲戒請求一人につき一個の懲戒請求になっています。 また,濫用的な懲戒請求は一通でも十分不法行為に当たる代物であり,損害を個別に区切ることが可能であると思われるので、今回は共同不法行為は成立せず,各人で責任を問わなければならないと判断するのが穏当なのだと考えられます。 先述の東京地裁裁判例の枠組みからすれば「懲戒請求殺到が一個の損害」ではなく,「個別の懲戒請求が一個の損害」と捉える判断がされる可能性が高いのではないか、というのが現段階での私の答えになるという訳です。 今回の事件では,加害者(懲戒請求者)がご丁寧に住所や氏名が被害者(弁護士)に即バレしている状況でもあり、共同不法行為の構成で行かなくとも被害者救済の視点からはさほどの問題はない,と考えることもできるでしょう。 また,共同不法行為として請求する場合「個々の懲戒請求」ではなく「懲戒請求殺到」を被害とすることになりますから,その場合の損害額はせいぜい数百万円と抑えられる可能性が高くなります。 光市の件においては殺到した懲戒請求は弁護士一人当たり最大600件ほどで、懲戒請求の殺到が被害であるという主張だったと記憶していますが、損害賠償を最も認めた広島地裁の第一審判決で,弁護士一人につき200万円(請求額300万)、広島高裁判決で弁護士一人につき90万でした。 しかし,個別の懲戒請求について訴えていくのであれば,1件について数十万円の損害額が認められる可能性が高く(最判平成19・4・24の事案で50万),それが何百人といるなら単純に考えれば被害総額は千万,億と言った金額も視野に入ると思われます。 手間を惜しまず請求するのであれば、総額で見れば,個々人を訴えていった方が高額になると考えられる訳です。 その意味で,今回の件については佐々木弁護士らが懲戒請求者を提訴するにあたり、共同不法行為の構成をあえてとる必要性は乏しいものと考えられるのではないでしょうか。 むしろ,懲戒請求者側が「損害全体を一個の被害と捉えるべきで,既に他の人たちから和解金をもらっていて被害は全て回復されているからもう請求権なんか存在しない」と主張する方が「まだあり得る」かもしれません。 もちろん,本当に被害が回復されているかは正確な所は不明でしょうし、更に他の懲戒請求者が払えない場合には総額について連帯責任を背負わされ、更に他の懲戒請求者の負担部分を回収できないリスクと引き換えですが。 さて,今回の懲戒請求(不法行為に当たるとして、の話ですが)のように、多数の人々が多方向から一人に対して集中攻撃を行うタイプの不法行為。 ネット炎上での実名ばらしなどによる無言電話の山、職場などへの解雇要求。名誉毀損的書き込みの大量リツイートによる拡散。 私は不特定多数がよってたかって行うタイプの不法行為を、「殺到型不法行為」と呼んでいます。 こうした殺到型不法行為について、いかに被害者を救済するか,いかに落としどころを見定めるか,という問題意識は、実務上あまり持たれていなかったように思います。(ご存知の先生ぜひ教えてください) 光市の件で橋下氏が提訴されたように、「火付け役」「重要な先導役」が明らかである場合にその人物を標的にすることが関の山だったのではないでしょうか。 例えば,「名誉毀損書き込みがリツイートでバズる」という事態を考えてみましょう。リツイートも拡散加担であり、名誉毀損でリツイート自体が不法行為になりえます。 本人としては備忘録扱いなのかもしれませんが、拡散させていることは変わらない以上、フォロワーなし鍵アカウントでなければ、個々人に不法行為が成立すると見ていいでしょう。 これについて、実行犯全員を特定するのは被害者には重大な負担がかかります。 実名アカウントならば比較的楽ですが、匿名の場合Twitter社の本社があるアメリカまで照会を持ち込まなければならず、特定にはゲンナリするほどの手間がかかります。 事実上,犯人全員の特定はほぼ無理でしょう。仮にできた所で,労力がかかりすぎて損害額より調査費用にお金がかかりかねません。 実名アカウントで書き込むなど何らかの原因で判明した一部の人々に全額を請求できなければ,被害の回復は事実上不可能になる場合も多いはずです。 ところが「判明した一人が行ったのは一件のリツイートに過ぎない」として扱えば、認められる慰謝料の額もたかが知れてしまいます。 更には,個別では違法とまでは言えないことも,皆で一緒になって行うことで違法となりえるケースもあります。 一例としては、「村八分」。気に入らない人物と絶交すること自体はどんなにくだらない理由であろうと個人の自由ですが、集団の威を借りて共同で絶交することは脅迫罪などの犯罪になったり,人格権侵害で民事上の不法行為になることがあります。 共同不法行為の構成を取らないとこうした殺到型不法行為は微額の賠償で我慢せよということにもなりかねず、それが適切とは個人的には思われません。 また、殺到型の場合、今回のように全員を訴えることが現実的な案件の場合だと、逆に被害総額が増えすぎることも考えられます。 総額で判断すれば数百万円の被害額なのに、個々人で訴えると千万、億の金額が回収できる…というのも妙な話であり、いくらなんでも被害者がぼろ儲けしすぎるようにも思えます。 共同不法行為の成立を認めた上で,少人数を提訴して総額分である数百万円について回収し、後は加害者同士勝手に喧嘩しろ、というのが私個人としては「落としどころ」であるように思うのです。 ここについては、損害総額の判断方法自体が「赤信号みんなで渡れば」の論理でありおかしい、という考え方もありえる所だと思います。 今回の裁判で,裁判所がどのような判断を示すかは,個人的にそういった視点からも注目しています。(もちろん,一事例判断にすぎないとみるべきですが) なお、本件については高島章弁護士が懲戒請求者側を受任してもよいといっているようで、しっかりした理論的な戦いが見られるかもしれません。 私個人は懲戒請求に不法行為が成立するにせよ、彼らも弁護を受ける権利があるのは当然であり、費用をしっかり払い、敗訴リスクなどを重々認識の上で依頼して頂けるならば受任もやぶさかではありません。 まず和解で白旗した方が金銭的には安上がりだということを理解した上で依頼して頂きますが。 ※1・・・口座を作って送ってくれというのに対応して口座通帳やカードを送ることは絶対やってはいけません。送る目的で口座を作って通帳やカードの交付を受けるのは詐欺罪ですし、元々ある通帳やカードを送るだけでも犯罪収益移転防止法違反で有罪です。通帳やカードを騙しとられたのだ弁解する人もいるようですが、本当の被害者は送ったあなたではなく、その口座を使ってお金をだまし取られた振り込め詐欺被害者です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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