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碁法の谷の庵にて

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2018年05月24日
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懲戒請求騒動で、懲戒請求を受けた佐々木弁護士らの提訴予告・和解勧告が脅迫・恐喝である、として懲戒請求がされたという報が入りました。


 思うところはいろいろあるところですが、懲戒請求の具体的な文面も今は見当たらないので,上記のような個別的な事例を離れ、弁護士による裁判前の通告(今回提訴予告と一括して呼びます)の意義や、問題ある提訴予告のケースについて、私見を開示します。

1 提訴予告の意義



 弁護士は、民事裁判を起こす前、居場所がわかっている相手方には任意で払ってください,出ないと訴えますよという提訴予告を送付する場合が多いでしょう。
 内容証明で送るケースもありますし、もう少しソフトに簡易書留くらいでコピーだけ手元に取っておくケースもあります。

だいたい

「あなたはこういうことをしましたよね。そうするとこちらとしては請求することになります。
 この口座にお支払いください。一定の期間内に支払ってもらえないなら訴訟します。
 このあとはこのトラブルについては当事者に連絡はしないで、弁護士に連絡してね」


といった具合の文面になります。
 内容によっては刑事告訴の検討可能性などを付け加えることもあります。

 もちろん、提訴予告を見て「やべっ」と思った債務者が財産隠しを始めてしまうリスクもありますし、時効成立寸前なので提訴予告への回答を待っている余裕はないというケースもあります。
 相手の居場所がわからない公示送達案件のように送れないケースなどもあります。
 そんな具合で,提訴予告をあえて送付しない、あるいはしたくてもできないというケースもあります。
 ただ、そういった特別な事情がない限り、まずは予告するのが基本セオリーだと思っていただいていいでしょう。
 少なくとも私は,依頼者からすぐ提訴,予告なんかしなくていい、と言われても基本的に特段の必要性がある事案でなければメリットを説明した上で予告するように説得する姿勢でやっています。早期提訴に拘る場合はせいぜい期限を早めに区切る感じでしょうか。

2 提訴予告をする理由



 国民には裁判を受ける権利が保障されており(憲法32条)、提訴予告なくして裁判を起こしてはならないというルールはありません。
 個別立法には予告が必要とするものもありますが,個別立法のない件では,通知なく提訴したとして,それを違法であるということは全く不可能といっていいでしょう。

 それでなぜ通知をするのか。それは様々なメリットがあるからです。

一、住所について探りを入れる



 例え相手の住所がわかっていても、実際に相手がそこに住んでいるかわからないケースはあります。
「あの時点ではあそこに住んでいたけど、今どうかわからない」といった感じです。
 届いたという事実だけでも、「本当にその人そこに住んでるの?」というのが分かり,ありがたいのです。
 訴えるだけ訴えて「書類届かず家は誰もいないみたいなんですけどどうしましょう?」と裁判所から言われると、余計な手間がかかることになります。


二、当事者(依頼者とは限らない)が非を認めてくれれば皆が楽になる



 依頼者は、相手方と話をするのも怖かったが、相手方としては話してくれれば最初から非を認めるつもりがあるケースもあります。
 しかし、直接行くのが怖かったり、振込先の口座がわからなかったり、いくら払うべきか見当がつかなかったりで、お互いにらみ合いのままズブズブに陥るケースもあります。
 それなら、手を差し伸べることで話し合いで終われば相手方も依頼者も裁判所に行かなくて済みます。相手方の場合弁護士費用まで節約できるかもしれません。ケースによっては、人間関係修復まで持ち込めるケースもあるでしょう。
 裁判というのは最終手段であるため、そこまで行くと関係修復に持ち込むのが難しくなります。

 裁判自体にも費用や手間がかかるため、裁判まで持ち込むと金銭請求額も大きくせざるをえなくなります。さらに判決をとったとしても回収できないリスクなどを考えると、本来裁判で請求できるであろう金額から落としてでも減額した上で任意の支払に期待する、というのは相手の財産状況がわからない場合には立派な戦術となりえます。「あすの100より今日の50」という諺もあります。
 特に慰謝料などの場合、内容証明などで請求する額は裁判で請求する予定額より少なめにしておくことが多いです。裁判などの手間を回収額に反映させずに済むからです。
 また、裁判前に非を認めて和解しようという誠意ある方なら、回収リスクは比較的小さいと判断して分割払いを認めよう、というような対応もありえます。

 たとえ裁判上難しい争点があって判決が予測しづらいケースでも、当事者間で話し合って早く終わらせることを優先させたがる方もいますし、それは非難されるべきものではありません。

三、相手方の言い分を提訴前に把握できる



 相手方が裁判になったらどういう言い分を言ってくるのか。提訴予告への回答でみえてくることがあり、これも非常に重要です。
 依頼者の言い分はもちろん大事ですが,それだけでは紛争の実態はなかなか見えてきません。

 「貸した金を返してくれ」というウルトラ典型論点のケースですら、どんな返答が返ってくるか。
 個人的な体験談だけでも

①そんな金は受け取っていない!!

②あの金は借りたものじゃない、もらったものだ!!

③もう返した!!

④すいません、借りてるのは認めるんですが今手元にお金がないんです。分割払いで許してください。

⑤破産申立の準備中です…

⑥債務者は死亡しました。私は債務者の相続人ですが,既に相続放棄しています。

⑦あなたに貸してたお金ありましたよね?相殺しといてください。

という具合で、返答は千差万別です。
 依頼者も重要でないと思って実際は超重要な事項を弁護士に話しておらず、向こうからの言い分の開示を受けて弁護士が「!?」となり、確認したところそれが事実であるようなケース、あります。
「それが事実なら裁判やっても勝てないよ、この裁判は諦めなさい」ということでアドバイスもでき、依頼者も裁判のために無駄な費用と手間をかけずに済み、相手方も余計な裁判につき合わされずに済むことになります。
 
 もちろん、こういった言い分を出す中で、相手方が自分に有利なつもりなのでしょうが実際には不利な事情を「自白」してくれるケースもあります。
 暴力的ハラスメントで訴える!!というケースで、向こうが「確かにやったがこんなの暴力じゃない!!」と言ってくれば、「よし、暴力の証拠が原告本人の供述しかなく,裁判はやや厳しいかと思っていたが、向こうからの自白がうまい具合に来てくれた!!向こうはハラスメントではないと言ってるが、楽勝でハラスメントなのでこれで勝てる!!」なんてケースもあります。

 これらが功を奏さず民事裁判をする場合も、裁判所は訴訟前の交渉状況を聞いてくることがあり(日本中の地裁の運用を知っている訳ではありませんが,大半の地裁では交渉してたら教えて欲しいと聞いているのではないでしょうか)、裁判所も関係者がどういう言い分で来るのか知りたいというのが実情です。

提訴予告が違法になるケース?



 提訴予告はこのように関係者に有利な解決を導く機能を有しています。そして、それは依頼者の利益のみならず、相手方の利益にもつながりうるものです。
 減額和解になり得るケース、真相がわかった結果依頼者側が請求を引っ込めるケースなどはその典型例であると言えるでしょう。

 ただ、提訴予告だからその一事を持って全て適法か、というと必ずしもそうではありません。
 確かに提訴予告は重要ですが、一歩間違えば相手方に弁護士からの書面ということで恐怖を与え、本来払わなくても良い金銭をカツアゲする結果になる。
 特殊詐欺で弁護士を騙る手口は非常に多いですが、それは弁護士という資格が必要以上に恐れられていることの証拠といってもいいでしょう。
 個人的には、このことに無自覚な弁護士が少なくないように感じることもないではなく、自分で思っている以上に不安を与えているのではないか、自問自答することは必要だろうと思います。
 また,民事法上正当な権利がある場合でもその方法が社会通念上一般に認容されるべきものである場合には恐喝罪の成立があり得ることも,判例の通りです。

 しかしながら,弁護士名で提訴予告を行うことが全てダメ、というような解釈は取られていませんし、私自身も到底支持できません。
 
 幸い、こちらのHPではいくつか懲戒に至った事案を紹介してくれています。
 私が弁護士になる前で手持ちの懲戒公告では確認できない事案もあるのですが。

 その他,私個人的に問題がある,懲戒理由に当たりえる,仮に当たらなかったとしても適切とは到底言えず,民事訴訟での迎撃は多分無理なケースと考えているパターンとしては,下記のものがあります。

根拠がまるでない状態で、刑事告訴のように特に強硬な手法ををちらつかせるケース

 当事者の供述以外の証拠を整えづらい事件類型で当事者の供述のみが根拠,という場合は悩ましいですが…

債務者の親族や勤務先に知らせてしまうようなケース

 行方不明で探しているなどのケースでは正当化しえる可能性もあるでしょうが…

既に交渉の打ち切りを明確に通告されているのに、夜討ち朝駆けでしつこく交渉を求めるケース

 刑事の示談交渉で懲戒例があったと記憶しています。

判例上請求額がある程度固まっているケースにおいて、その100倍以上の請求を行うケース。

 100倍としましたが、この数値には、弁護士によって温度差があり得ると思います。
 また、1件や2件程度類似裁判例有り、では「固まっている」とは言えないと思います。

法律家に対しての相談を殊更に妨害しようとするケース

 弁護士や司法書士、消費生活センターなどの公的機関に相談すると不利益があるようにちらつかせるなどは,裁判を受ける権利の侵害と評価されうると思います。

親族に対して請求したケース

 保証人や監督責任者、親権者、相続人になっている場合,少なくともそのことが合理的に疑われる状況にある場合は除きます(事案に見覚えがあるのですが、いつのものか失念いたしました)。

アリもしない判例や法令を記載するケース

 判例や法令の条数や正確な法令名まで書く必要はないと思いますが、明らかに存在しない判例を書いたり(そもそも送る前に調べるべきもの)、当該訴訟の上訴審で明らかに否定された解釈の下級審判例を引用したりするのは危険であろうと思います。

法的手続並びにその結果以外の手法を通告するケース。

 マスコミにばらす,同業者仲間に言いふらす,というような法的手続以外の効果を通知することは,権利行使の域を越えてしまい,正当化が難しいと思います。


 どこからどこまでが許され、どこからが脅迫や恐喝で許されないのか。明確な線引きは困難であり、上記の私の感覚にも正答であるという保証は出来ません。
 こういうタイプまずいだろ?というのがあったら是非教えてほしいです。

 判例上,権利行使でも恐喝になるというのは間違いありませんが,権利の範囲内で方法が社会通念上一般に認容すべきものとされる程度であれば問題はなく,また権利が確定的に存する場合に限らず,権利があると確信するについて相当な理由・資料がある場合も恐喝に当たらないと解されています。実際それが原因で一部無罪とした裁判例もあります(東京高判昭和58年6月28日判時1047号35頁)。
 結局,上記のような相当性を逸脱するかは,事件の性質などに応じたケースバイケースの判断が必要になると考えるのが穏当でしょう。
 他方,ケースバイケースの判断と言っても,単純に債務者が個人的に怖かったとか,自分なら怖いなーと思う,というだけでは相当性逸脱とはとても言えません。
 上記のような必要性などの判断と絡めてその適否が判断されることになるでしょう。





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最終更新日  2018年05月24日 16時48分11秒
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