カテゴリ:事件・裁判から法制度を考える
強〇罪(楽天ブログ投稿制限に引っかかるので伏字)で無実の男性が一旦懲役12年の判決を言い渡された後,再審無罪となった件について,裁判所や検察の違法性を主張する国賠請求が棄却となったことが報じられました。
裁判所の判決が国賠法上違法となる場合については,詳細は立ち入りませんが極めて厳しい要件が判例上求められており,警察・検察の捜査過程などについてよほどの新事実が明らかにならない限り国への請求が棄却される結末は予想できていたように思えます。 なお,元被告人の男性は6年ほど勾留・服役されていたようですので,国家賠償がなくとも刑事補償金は受け取れるであろうと思います。1日最大12500円(刑事補償法4条1項),ピッタリ6年とすると2700万円強が受け取れることになります。 これが「見合う補償」とはとても言えないと思いますが。 弁護士Twitterを検索すると、判決前から有罪とした判決の自称被害者証言ベッタリの事実認定に批判の声が見られ、この批判は概ね支持するところですが、私は少し別の切り口でもって批判してみたいと思います。※1 私がこの事件で思っていたのは,自称被害者(平成5年生)と自称被害者の証言に乗る証言をした兄(平成3年生)を偽証罪で起訴すらしない点への疑問でした。※2 本来両名は厳罰に処するべきであり,仮に何らかの原因で起訴出来ない案件とすれば,不起訴の理由を明らかにすべき案件であると考えます。 それは,刑事の弁護人として,偽証罪の有名無実化を恐れるからです。 もともと有名無実な偽証罪であることはおそらく多くの法律家の一致する意見ではなかろうかと思うのですが、これ以上有名無実にしてどうするのかと思うのです。 この件の判決は、個人的な関心もあり一通り眼を通したことがありました。 第一審判決と再審判決はこちらに要約がありますので、適宜参照して下さい。 再審判決のフルはこちらにもあります。 この件で,自称被害者と兄による偽証がなされたのは平成20年11月12日(第一審で全起訴が揃った時点)以降、第一審判決の平成21年5月15日までと思われます。 偽証罪は「良心に従って真実を述べ何事も隠さず何事も付け加えないことを宣誓した証人」による偽証(刑法169条、刑訴規則118条2項)が必要ですが,両名は証言時最低14歳・16歳(生年は判例集に記載がありましたが、誕生日は伏せられていました)で、詳細な証言もしており宣誓の趣旨を理解できない(刑訴法155条参照)とは思われず、宣誓はしたでしょう。 刑事責任年齢(14歳、刑法41条)にも問題なく到達しています。 本記事投稿日の時点では,第一審判決からも9年以上が経過しており、偽証は時効(7年、刑訴法250条4号、刑法169条)になっている可能性が高いと考えます。なので「今から起訴する」は公訴時効で手遅れかと思います。 しかしながら,公訴時効になる前に起訴することはできたはずだと考えます。 この点,前田恒彦元検事のように,無罪判決(平成27年10月15日)の時点で時効寸前だった点を指摘する人もいます。 しかし,偽証罪での捜査は無罪判決確定以前にできる行為ですし、無罪判決から時効までの期間でさえ,起訴後「即」超重要な証人の尋問を行うなんて考えられませんから,自称被害者と兄の尋問はおそらく平成21年に入ってからと思われ、それなら2カ月半の期間がありますし,万一起訴後即尋問をやっていたとしても1カ月近くあるはずなのです。 更に、この件の冤罪で検察が白旗を上げ、元被告人を釈放することは,平成26年11月18日に検察が発表しており,遅くともこの時点で検察は自称被害者の証言の虚偽をほぼ確信していた=捜査のために必要な情報の大部分はつかんでいたと考えられます。そうすると、時効まではおよそ1年があったことになります。 普段ゼロから逮捕勾留の最長23日で捜査をしている検察が、情報の大半が揃っており、別段警察からの送致も必要とは思われない状態で1年近くあって期間不足とか,検察官による証拠隠滅にも匹敵するブラックジョークです(23日で終えなければならないのは大変だな,と同情はしますが…)。 さて,再審第一審判決を見ると,判決理由では自称被害者とその兄について「意図的に虚偽の供述をしたとみるほかない」とズバリ指摘しています。両名に対する偽証罪の成否を争う公判ではない以上この判断に拘束力がある訳ではありませんが、単に間違いがあることを指摘しただけでなく「意図的に虚偽の供述」とまで書くのは重大です。 第一審判決を見ても証言は、実際は全くの虚偽であるにもかかわらず、不合理な点もあれど詳細な内容のある供述がされている所であり,「99%の真実に1%の虚偽が混ざった結果として有罪無罪が逆転してしまった」とか、「捜査機関や裁判所の質問にイエスノーで答えただけの証言」ではなく,「でたらめにでたらめを塗り重ねた証言」であることは明らかです。 少なくとも,判決文を信用する限り、両名に対して偽証罪の嫌疑は相当濃く存在するものと見るべきでしょう。 私が気になるのは特に偽証罪について、「ここまで嘘をついても何の処罰もない」という事態の問題性です。 弁護人にしても検察官にしても裁判官にしても、証人が意図的に嘘をつくと言う行為を抑止する武器の一つは偽証罪です。 偽証罪ともう一つは客観証拠ですが,本件のような性犯罪、しかも同居人が被告人という状態では、証言と矛盾する客観証拠を見つけ出すことは難しく、いよいよ偽証罪だけが頼みの綱となる可能性が高いのです。 偽証罪の抑止が全くありえない状態では,弁護人の反対尋問の効果も,大幅に減殺される可能性が高いです。「偽証をしてバレれば厳罰」という「偽証罪の壁」があるからこそ反対尋問で「偽証罪の壁」に追い込めるのであり,偽証罪の壁も取っ払ってしまえば、証人が嘘をついて逃げる余地を大幅に与えることになりかねません。 私も,偽証罪と言っても,その処罰の重さはピンキリであることは理解しており、全てを厳罰にすべきだとまで思っている訳ではありません。 全く立証と関係のない前提的事項についての証言(確認的に職歴を聞かれてつい見栄を張ってしまったなど)で,判決の結論にも何らの影響を与えた形跡がないようなケースであれば,起訴猶予などにすることも考えていいとは思います。 ところが,本件は無実の人間が3年以上現実に服役させられるという点で,結果は極めて重大です。再審にならなければ懲役12年すらあり得ました。 その結果をもたらした中心的な証言が両名の証言であったことも当然でしょう。 しかも,一部基礎となる事実があって針小棒大に語った結果犯罪になってしまったと言う訳ではなく,全くのゼロから,犯行そのものを詳細に捏造した証言でした。ここまで捏造し,それを裁判官・検察官を信用させるほどに話そうと思えば、自称被害者とその兄も虚偽供述に重要かつ積極的な関与をしなければならないでしょう。(両名の関与が消極的なものに過ぎないとすれば、捜査機関と裁判所の誘導や偏見が極端に酷いか,判決文が前提とした事実自体間違っていると考えます) 偽証罪として、考えられる中でも特に情状の悪い類型であると言えます。 もちろん,判決文から読み取れる範囲だけでも、自称被害者とその兄に酌むべき事情は読み取れます。 自称被害者が虚偽の供述をした動機は,再審判決によれば親に数日間にわたって深夜まで問い詰められた末に言ってしまった嘘を撤回できず,裁判でも嘘をついてしまったというものでした。 弁護士をやってると、そうなんだろうなぁと言う人は見かけます。 また両名は当時14歳・16歳という年少者で,親という上の立場の人間に殊更に逆らうような対応が難しいであろう(警察や検察にも証言したとなれば、彼らにも逆らうことになりかねない)こと、自分の証言がどれほど重大な結末をもたらすか理解が及ばないでしょう。 それでいて,親元から離れたら再審請求にも協力したと思われ、彼らが証言を翻したからこそ再審にこぎつけられた点も大きいでしょう。本人たちが十分認識しているかは分かりませんが,偽証罪で自分が処罰されることも十分考えられる状況であるにもかかわらず,です。 14歳・16歳ですから偽証がすぐに発覚していれば少年審判で処分されたでしょうが,長期間が経過したために平成26年時点で両名は20歳を回り,刑事手続にする場合は成人刑事手続で処分されることになりました※3。 これらの事情を考えれば、この自称被害者とその兄には,個人的には同情すべき点も決して少なくないと思います。 しかしながら,刑事裁判の事実認定全般を揺るがすような事態を引き起こしたという結果からすれば,こうした同情すべき点を最大限考慮しても,不問に付することは許されないと考えます。 仮に、実際にはもう裁判をして何らかの処罰を受けているとすれば、少年法上実名公表は許されないにしても、両名とも公訴提起・処罰を受けていることを公表すべきです。 何らかの原因で公訴提起が出来ない場合(被疑者死亡とか?)であったと仮定しても、公訴提起ができない理由を示すべきです。今は時効になっているでしょうが、時効になる前に不起訴にしたと思われますので,その処分理由は明示することで、「本来厳罰でしかるべき行為であり,彼らは不処罰だったのはたまたまだと思え」と知らしめるべきです。 ここまでの偽証をしてなお,起訴すらされずにお目こぼしされると言うのでは,「無実の人を執拗な偽証で何年も刑務所に服役させても、処罰どころか起訴すらない」ということを証言者に印象付けてしまいます。 無責任な証言を法廷に跋扈させ、偽証罪の存在を前提に信用性を判断している(という建前の)裁判所の判断を誤らせる結果となりかねません。 偽証罪に代わる処方箋は、「被害者の証言は別途裏付けでもない限り原則信用しない」という方針で臨むことですが、それはそれで被害者に二次被害を与えかねず、性犯罪被害者支援団体などからは批判の声もしばしば上がります。 被害者ベッタリの事実認定を今後もするのであれば(私個人としてはそこに反対ですが),両名に対して厳罰を科す・そのための努力を行う・それが不可能であるならば偽証罪は決して開店休業ではないことを明らかにすべく努力するのは最低限の手当です。 たとえ元被告人が個人的に許していたとしても、元被告人だけが我慢すればすむ問題ではなく、日本中の刑事裁判のあり方を守るために必要なことなのです。 例え捜査機関が自称被害者とその兄の両名に対して私のようにある程度同情していたとしても,自称被害者証言によりかかった立証を今後も続けなければならないことは想定される以上、両名を厳罰にすべく活動することは公益の代表者として、正確な裁判を担保すべき検察庁の責務であり,それをせずに公訴時効を成立させてしまった検察庁の在り方は,単なる裁量権行使の問題点にとどまらない恥ずべき失態と考えます。 なお,この件で自称被害者やその兄を一旦信じる決断をしてしまったのは検察であり,その意味でも両名を起訴することは責務と考えます。 ※1・・・弁護士Twitterで偽証罪の処罰の必要性を言及したものは見当たらず,私の見解は珍しいようです。 ※2・・・国賠判決後数時間でこの文章を出したのは、もともと両名の不起訴を批判する文章に手直しをしただけだからです。 ※3・・・少年期の犯行について,捜査機関側が殊更に捜査や起訴を遅らせて少年手続に乗せさせずに成人手続に乗せる行為は適否が争われる余地もあるでしょうが(最判昭和44年12月5日刑事判例集23巻12号1583頁),発覚が遅延したことによる場合は問題ないでしょう。なお,犯行当時未成年なので,成人同様の公判でも実名報道は禁止されます(少年法61条)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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