カテゴリ:事件・裁判から法制度を考える
最近、またしても飲食店のアルバイトの店員などが不潔な行為をし、それをSNSにアップして炎上するいわゆる「バカッター」が注目されているようです。
以前、法律相談形式でこんな記事を書きましたが、その中でちらっと触れた問題点についてピックアップします。 SNS炎上の被害にあった店舗や企業から、SNS炎上の主であるアルバイトなどに損害賠償を請求する動きが出て来ています。 私はこの損害賠償請求は法的に見て全く正当なものと考えるのですが、「どれくらいの責任が認められるものか」という点について、密かに注目しています。 労働者が労働上不始末をやらかし、使用者に多大な損害を与えてしまうことがあります。 仕事中の運転で事故を起こし,使用者が使わせていた車両を廃車にせざるを得なくする。 といった具合です。 あるいは、第三者に交通事故などで仕事上損害を与えてしまい、使用者が使用者責任を問われて第三者に損害賠償をしなければならないケースもあります。この場合も、使用者は労働者に対して自身が第三者に支払った損害賠償を労働者に求償することができます。 労働者は大概高額な金銭など持っておらず、どれだけ責任を負わせた所で到底払えず判決は紙切れと化すことも容易に想定されます。 しかし,仮に労働者が金銭を持っている場合でも、全責任を使用者が追及することは難しい場合が多いのです。 労働者に過失があり、過失によって使用者に損害を与えた以上,労働者は使用者に損害を賠償すべきというのが不法行為法からは大原則です。 しかし、人間である以上どうしても生じがちなミスや気の緩みで労働者は破産直行級の責任を負わされる一方、使用者は責任追及をすれば全く損がないと言う可能性が出てきます。 労働者がその分高い報酬をもらっているならともかく、多くは月給で,成功したからと言って高額な報酬がもらえる訳でもないでしょう。 雇用は労働者が「使用者の指揮監督下に置かれる」のがその本質ですから、労働者の労働における裁量権は限られています。 使用者の場合保険に入るなどして危険を分散させることもできるでしょう。 そういう労働者を自由に使って利益を得るのが使用者なのに、いざ損をすると突然裁量権のない労働者に全損害を転嫁することが許されるというのは不公平という考え方があります。 これらの考え方を踏まえ,最高裁は 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により直接損害を被り、又は使用者としての損害賠償責任を負担したことにより基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる。(最一小判昭和51年7月8日民集30巻6号78頁) 要は、全額認めるとは限らず、信義則上相当な範囲でしか,使用者から労働者に対しての賠償請求は認めませんよ、ということです。※1 もっとも、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」といきなり言われても、どれくらい制限すべきか、場合によっては一切制限する必要もないのか,逆に賠償請求自体認めるべきでないのかは非常に難しい問題です。 裁判の事例は結構ありますが,数値的な具体化はほぼ裁判官の胸三寸と言っていいでしょう。 SNS炎上というのは上記の最高裁判決に従えば「加害行為の態様」であり,非常に重要な要素であることはまず間違いないでしょうが,他にも様々な要素が合わさって責任負担の割合が定められると見ていいでしょう。 事例ないかな?と思って,個人的に判例検索してみましたが,こういったインターネット上での炎上を理由とした賠償請求の裁判で判決が出ている事例は見当たりませんでした。 店側代理人なら、 「バカッター炎上は社会問題になっており、バカッターが大きな問題になると知らないとすればその時点で迂闊にもほどがある」 などを指摘して、今回の件について責任制限など不要、全責任を取れと主張するでしょう。 他方のバイト側代理人なら 「故意ではあっても店に対しての悪意・害意がある訳ではない」 などといって、責任はない・あるいは制限されるべきと主張することになるでしょう。 ある程度の事例を読んだ上でのヤマカンの域を出ないですが、私個人としてはバカッター炎上も基本的にある程度の責任制限はされるのではないか,と感じています。 ただ、外からはわからない内部事情に左右される部分もありますし、どんな事情に着目してどの程度の責任制限があるのだろう?という点が個人的に興味津々なのです。 なお、誤解なきように付け加えますが、例え制限された責任であったとしても,結論的に破産一直線な責任になる可能性は十分あると考えています。 むしろ,なまじ制限されたばかりに破産できるほどの債務額(支払い不能)に届かず,処理できないと言う事態も考えられるかもしれません。 責任制限があるにしても,SNSの炎上を軽く考えるのは自殺行為であろうと思います。 また,SNSの主が未成年者の場合親の責任を問えるかのような記事もあるようですが、私は親の責任は親が焚きつけたか,過去にも同種のバカッターで炎上しているのを放置したのでもない限り問えないのではないかと思います。(道義的責任から自主的に出す可能性はあると思いますが) ※1・・・なお,学説レベルでは、軽過失については完全免責すべきという説もあります。また,過失の認定を厳しくし,「この程度では過失とも言えない」とするケースもあります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年02月12日 23時40分06秒
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