カテゴリ:事件・裁判から法制度を考える
田代まさし氏が、またしても覚せい剤で有罪判決を受けました。(こちら参照)
ここで一部執行猶予と言う判決が使われたので,ちょっとだけこの制度について解説したいと思います。 まず,通常の執行猶予について。 例えば,懲役2年,執行猶予3年の判決を言い渡されたとしましょう。 この場合,判決が確定した後被告人はすぐに服役をする必要はありません。 判決が確定したあと3年間罪を犯さなければ,懲役2年の部分はなかったことになります。 しかし,3年間の間に罪を犯すと、懲役2年+新たに犯した罪で服役をしなければならない可能性が高いことになります。 (もっと細かい場合分けも色々ありますが,本記事では割愛いたします) では一部執行猶予はどうでしょうか。 田代まさし氏の判決は「懲役2年6月、うち懲役6月を保護観察付き執行猶予2年」ということだったのでこの判決をベースに説明します。 この場合,判決が確定すると田代氏は2年間服役をすることになります。 そして2年の服役が終わると釈放されて2年間保護観察付きの執行猶予ということになります。 そして釈放後2年間のうちに罪を犯すと懲役6月+新たに犯した罪で服役をしなければならないことになります。 田代まさし氏が覚せい剤を繰り返してしまっているのは有名な話です。 執行猶予判決も,一度服役したら刑を終えて5年間は言渡すことができないのが刑法の原則です。(刑法25条1項2号。田代氏の場合、最後の刑期を終えてから5年以上経っているのではないかと思われますが,この先は解説用という事でご理解願います) 一部執行猶予でも,本来その例外ではありません。 ところが,覚せい剤などの薬物を自ら使用する犯罪の一部執行猶予についてはこの5年間は言渡すことができない原則が緩められています。 (薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律、以下「薬物犯執行猶予法」と呼ばせていただきます」) 何でそんな規定になっているのか,薬物犯執行猶予法の第1条にはこう書いてあります。(下線筆者) この法律は、薬物使用等の罪を犯した者が再び犯罪をすることを防ぐため、刑事施設における処遇に引き続き社会内においてその者の特性に応じた処遇を実施することにより規制薬物等に対する依存を改善することが有用であることに鑑み、薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関し、その言渡しをすることができる者の範囲及び猶予の期間中の保護観察その他の事項について、刑法(明治四十年法律第四十五号)の特則を定めるものとする。 今の日本の刑法においては,実は実刑になったとしても、釈放後について被告人を監督する仕組みがありません。 例えば覚せい剤から足を現わせるカウンセリングなどを強制的に受けさせることはできません。 被告人の自助努力に丸投げ状態なのです。 家族や勤務先などが支援してくれればいいですが、家族の行方が分からない・見放された,勤務先なんてない,手持ちの資金もないという被告人の方が多数派です。 行き先がない被告人の場合には更生緊急保護と言うような制度もありますが、これも「行き先がない人にとりあえず住居や生活を提供する」仕組みであって「薬物から足を洗わせる」仕組みではありません。 そして、覚せい剤を大量輸入したとか売人組織のボスだったとでもいうのならともかく、覚せい剤を自分で使っただけで未来永劫刑務所に入れておくのは現実的とは言えません。 一方で、刑務所に入れたら覚せい剤がやめられるか,2年服役でやめられないなら3年服役すればやめられるかと言えば答えはノーです。 むしろ服役期間をむやみやたらに伸ばすよりもいったん社会に出した上で、社会に出た後に国家の監督の下で覚せい剤から足を洗わせるための治療やカウンセリングを受けさせた方が効果があるのではないかと言う考え方が登場しました。 そこで、薬物犯罪についてはむやみやたらに服役期間を延ばすよりも、本人のために覚せい剤から足を洗わせるプログラムを受けさせるのがよいのではないかという考え方が強くなり、薬物犯執行猶予法が平成25年から施行されました。 一部執行猶予期間中には保護観察がつけられ、逃げたりすれば執行猶予取消・刑務所に逆戻りになります。 少なくとも社会に出たとたんに本人の自助努力に丸投げと言う事態にはなりません。 この期間を使って社会の中でいかに覚せい剤から足を洗うかを専門家のカウンセリングの下で身につけさせるというのが、この一部執行猶予制度の趣旨であると言えるでしょう。 私も薬物犯執行猶予法施行以前なら旧来ならば全て実刑不可避な被告人に対して一部執行猶予を取った件はいくつかあります。 裁判官によって使う使わないに温度差を感じることもあります。 平成25年から始まった制度であることを考えると、どのくらいの成果が出ているのかはまだ分からないのではないでしょうか。(刑務所の釈放後5年以内再入率が目安になると思いますが制度が始まってから一部猶予になった被告人が5年経った件数が多くないと思われる) 田代氏は薬物の啓発活動でも有名でした。 田代氏の今回の再逮捕時には単に田代氏を貶すばかりでなく「覚せい剤ってここまで怖いものなんだ」と言うネットの意見も多かったように思いましたし、個人的にそのことを広めたいと言う田代氏の気持ち自体には嘘はなかったと考えます。 その気持ちが嘘でなくとも負けるのが覚せい剤の誘惑なのです。 こういう制度が何のために導入されたかと言う点でも田代氏の件が良い題材であったと思いますので,題材として使用させていただきました。 更生は大変であろうとは思いますが、「どうせ更生しないに決まっている」と決めてかかれば更生できる人の更生すらも阻害してしまいます。 一部執行猶予で得られた機会を有効に活用して更生して頂きたいと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年03月04日 23時23分43秒
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