カテゴリ:事件・裁判から法制度を考える
故・木村花さんのインターネット誹謗中傷被害について,ご遺族が誹謗中傷者に起こしていた訴訟について、東京地裁が勝訴判決を言い渡したとの報がありました。 ご遺族に認められたのは、慰謝料50万円,弁護士費用5万円,調査費用742,000円で合計1,292,000円ということです。 ちなみにご遺族代理人弁護士の清水陽平弁護士は、こうしたネット中傷被害問題については第一人者の方と認識しています。 ご遺族はこの訴訟について、 「足を骨折したときには数か月で直ると思うんですが、ひぼう中傷で心が病んでしまったら、一生直らない心の傷を抱えたり、追い詰められて命まで奪われることを思いましても額を高くするべきだと思う」 とコメントしています。 これについて、私から補足説明をさせていただこうと思います。 この件について、ご遺族の方はこれから判決に記載された金129万円余を手に入れられるでしょうか。 実はこれは「分からない」のです。 確かに判決は出ましたから、加害者に判決に基づいて強制執行できる財産があれば、強制的に取り上げることはできます。 ところが、「加害者に強制執行できる財産があるかどうか」は結局不明です。 インターネットで誹謗中傷している人のプロフィールだけ見て彼に財産があるかどうかわかるケースや勤務先が分かるケースは犯人が有名人だったり個人的知己ならばありえますが、インターネット上の中傷ではまれなケースであり、「ない可能性もある」と考えざるを得ないのです。 今回の判決で、調査費用については74万2千円が認められましたが、逆に言えば、もし74万2千円の調査費用を使って犯人が見つからなかったらどうなるでしょうか。 実際、SNS等の運営に問い合わせてもデータの保管期限が切れてしまい、照会してもデータが残ってませんという回答がされてしまうケースも少なからずあるのが実情です。 また、せっかく見つかった犯人に収入や財産がなく、強制執行しようにもただの空振りに終わるという可能性もあります。 この場合、被害者としてはただ単に賠償金が手に入らないだけではなく,74万円余りの調査費用までがただの丸損に終わってしまいます。 「裁判で勝訴判決を得た」というのは,「加害者から賠償を勝ち取る」という道筋の中では単なる通過点に過ぎないのです。 加害者から金銭を取ろうとすれば、あまりにそれは不確定な賭けであると言わざるを得ません。 結果として「諦めるという対応が最適解になってしまう」というつらい現実があります。 むろん、今回の件でもご遺族や清水弁護士がその可能性を分かっていないとは思えません。 何らかの原因で加害男性に財産があることを把握できているとも考えられます。 あるいは例え金銭が手に入らなくとも、加害者に対して一定の制裁を与え、被害者である木村花さんがあんな中傷を受けるいわれはないということを司法の場で示したい故に起こした訴訟であるのかもしれません。 背景がいずれか、またはそれ以外であるにしても、現実に認められている裁判について後ろ指指されるいわれはありません。 しかし、こうした調査費用を費用倒れに終わるリスク覚悟でも出すという強い意志と金銭がなければ、被害者は泣き寝入りを余儀なくされるのです。 被害に遭って被害を回復するためだけに、そんなにも強い意志と70万円を超える金銭と、偶然加害者が金を持っていたという幸運がなければ、被害を被害のない状態に戻してもらうこともできないというのが、インターネット名誉毀損の過酷な現実です。 慰謝料50万円というのは旧来の相場からすれば破格なのは確かだろうと思いますが、そういうリスクを覚悟した上でなければ調査を依頼することすらできないという状況に見合うものではありません。 また、最近はゲーム運営などに対して誹謗中傷を繰り返しすぎてゲーム運営が誹謗中傷者を提訴するというケースが見受けられます。 私もその件が目についたので少々追っているのですが、そういうのを見ると、ゲームユーザーの一部(しかもヘビーユーザーで、ユーザーコミュニティでの発言力もそれなりにある)から などと裁判を受ける権利という国民の最も重要な基本的人権の行使を平気で罵倒し、それが周辺のユーザーと思われる人々に度々リツイートされる様子が見受けられました。 中には、法実務に関するあまりにも浅薄な知識をひけらかして騒ぐ人もいました。 むろん法的にはこんな輩の不見識に付き合う必要はなく粛々と裁きを受けてもらって全く問題ないのですが、それが原因でユーザーが減少するようなことになれば運営自体が難しくなっていくし、そこまでは法律的救済が難しいのも確かです。 かといって放置したりすべてを水面下で進めようとすれば繰り返される誹謗中傷に対しての抑止力となりません(警告されれば止める程度の良識がある人たちに止める動機を与えられない)し、積み重なれば従業員などのメンタルや対外的な評価にもかかわってしまうだけに、難しい対応を迫られてしまうことは容易に想定できます。 現在は、被害者による照会の手間を少しでも省く法改正が成立し、施行待ちになっています。 しかし、不法行為法における慰謝料や損害賠償の在り方や算定方法が現在のままである限り、結局被害者としては泣き寝入りを強いられる可能性が極めて高い,金銭などに余裕があって、金銭より感情面に重きを置く被害者でなければ諦めるのが最適解という状況は変わらないと思います。
慰謝料額の増額は、そのための一つの処方箋であると言えるでしょう。 慰謝料という形でなくてもいいのかもしれません。アメリカにあるような懲罰的賠償制度もあります。 また、捜査機関がバシバシ捜査・送検することで、金のある加害者が自主賠償をすることも期待できます。が、インターネット誹謗中傷被害における被害者の救済は、現在の不法行為をめぐる民事法の限界を表していると思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年05月20日 18時27分14秒
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