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テーマ:詩&物語の或る風景(1049)
カテゴリ:読書
ラッパスイセン
今月31日でご退職なさる同僚医師から井伏鱒二の「厄除け詩集」を記念に頂いた。 井伏鱒二は1898年(明治31年)広島県加茂町に生まれた小説家で「山椒魚」や「黒い雨」など膨大な作品を書いているが詩集はこの一冊だけである。自作の詩と漢詩の翻訳から成っているが翻訳では文字に忠実な翻訳でなく自由奔放、望郷と友人を偲ぶ詩が多い。有名なものでは昭和10年(37歳)発表の「勧酒」がある。 干武陵の漢詩の翻訳である。 勧君金屈巵 満酌不須辞 花発多風雨 人生足別離 この巵(さかずき)を受けてくれ どうぞなみなみつがしておくれ 花に嵐の例えもあるぞ さよならだけが人生だ 原作者干武陵の真意はどうなのか分からないが鱒二は友人と花見の酒を飲んでいて「友よ!なみなみと注がせておくれ、今はお花は満開だがそこに嵐が来るかもしれない、俺たちだってどうなるか分からない。離れ離れになってしまうかもしれない。大いに飲もうではないか!」と解釈したのだと思う。漢詩というのは短い文章の中に人生が詰まっているものだなと思った。 自作の詩では「誤診」というのがあった 医者が僕のレントゲン写真を出して 「心臓肥大です、要注意ですな」と言った 僕は尋常一年のとき運動会で駆けっこに出た すると「用意、どん!」の直前 不意に胸がごつとんごつとんと鳴り出した これが僕が記憶する最初の胸の高鳴りだ 最近は胸のときめきを感ずることがなくなった 原稿書いていて胸がふと動悸をうちだすことなど更にない 僕の感動の最後の助だと思われるのは 京竿で一尺山女魚を釣ったときのものである 僕の心臓は干涸らびてしまっている筈だ 心臓肥大とは誤診だと思いたい 井伏鱒二の作品は小説にしろ詩にしろ楽天的なものが多い。上記の詩は昭和50年77歳の時の作品だが 「心臓肥大」なんてあるもんか!と突っぱねている。 人によっては「心臓肥大」と医者に言われて年も年だし自分もいよいよ終わりかと悲観してしまう人もいる。鱒二は堂々としたもので医者の言葉も詩に書いてちゃらかしている。 温泉旅館に行き、友人と酒を飲み、(奥さんが酒を飲まれたのかは知らないが)自由に原稿を書き、悠々自適に暮らしたおかげで当時としては破格の95歳まで元気で過ごし、最後はポックリ逝かれた。元気で暮らす方法を教えて頂いたような気がした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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