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三田のいのしし 見て歩き日記

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2012年02月25日
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テーマ:生涯学習(294)
カテゴリ:広く・深く・学ぶ

            五大力菩薩像の全体像

2月23日(木)「心のよりどころ 五大力菩薩像が新しくなしました」と題してブログを書きました。しかしながら、2月にしては強烈な木漏れ日で、新設置の板碑がまだらに光り過ぎたので、24日に再び撮影をさせてもらいました。

今回は掲示板にて告知されておりました要点も頭に入れて撮影できましたので、檜の板とは言え野天にさらされてる五大力菩薩像のアウトラインを見てもらえると思います。

1. 五大力菩薩像 ハスの花に乗り、その体と道具を用いて仏様の力を表している
   ように見えます。如来、菩薩、明王、天の四つの諸尊の中で、菩薩は悟りを求
   めて修業するものであり、明王は大日如来の使者とされておりまして、五大力
   菩薩は別名五大力明王とも言われており、憤怒の表情を仮りて(かりて)その
   力をしめしている。
    新しい板碑
   菩薩でありながら憤怒の形相で表される明王の姿である所以は上に
   紹介いたしました。

  ☆ 板碑そのものをよく見ると、五輪塔を表しているようにも思えますが、どうで
     しょうか。五大要素(空風火水地)など5で表すことが多いように思われる。

     五大力船と名づけられた帆掛け船が江戸時代などにもあったらしくて
     ネット検索で五大力菩薩の写真を眺めておりましたら、船橋市がマン
     ホ-ル蓋にその図案を採用していることが分かりました。
     これも五大力なる言葉が普及している例かと思いました。

  ☆ さて、それぞれは片手に法具を持ち、片手は印を結んでいると思われます
     が、その意味については今のところあまり分かりません。

  ☆ 法具は全て違っており、その誇示する力の発揮し方が異なると思われます。
     真ん中の円輪は”輪宝”と言って、元々インド古代の武器で、輪宝が回転す
     ることで心の煩悩を打ち砕き、迷える民衆を救う事を意味している。

2  島木鳥居系明神鳥居が建っていて驚きました。 
     五大力の鳥居
    屋根は、拝殿の役割でしょうか。

  ☆ ほぼすべての神社から神仏習合の痕跡が取り払われていて、現代における
     神仏の提携が分かりにくい中で、この五大力菩薩はその結びつきがそのま
     ま続いているかに見えます。

    真言宗の宗祖弘法大師が高野山で初めて五大力菩薩を祀る行事をされ
     た・・・とこの告知板にも掲示
されておりますように、「お寺さん」だと思われま
    すが、ここでは明神鳥居の下で参詣となります。

    この在り方は今では珍しいと感じました。
     事実、ネット検索で全国に五大力菩薩、あるいは五大力尊の施設はものす
    ごく沢山あることが分かりましたが、神仏の繋がりわみられませんでした。

3. 二つの時代の常夜灯
  3.-1 
寛政6年(1794)の常夜灯  徳川家斉の治政 江戸では大火あり
     寛政6年の常夜灯
     狭い境内に2基立てられております。梵字の存在を知りたくて常夜灯の4基
     をすべて撮影してみました。    

    ☆ 二つの常夜灯の灯り台の周囲には陽刻あり。

  3.-2 明治26年(1893)の常夜灯 
    明治26年の常夜灯

4. 寛政6年の常夜灯の刻印  文字か梵字(種字)か?
    献
    梵字かとおもいましたが、献燈の献の字でしょうか。

    燈
    献燈の燈の字でしょうか。 梵字と思いましが。

    2基に常夜灯を横に並べて「献燈」と陰刻されたものでしょうね。

   この五大力菩薩像は、野天に檜の板の像をさらしている大変珍しい形であり、
   1000年以上の前からこの深田に
立てられていたのか、分かりませんが、毎年
   板碑の書き換えを行う形で、その威力、信仰への対応力を持続していることに
   より人々との結びつきが深いことを強く感じました。

5.  ネット検索で、三田市深田の五大力菩薩の年祭を扱ったブログがありましたの
   で紹介させてもらいます。 
   {街コミZAQ 特派員 三田エリア 三鉄さん

 


   
  


  





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最終更新日  2012年02月25日 19時33分09秒
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