阪神淡路大震災と彼 神経症とわたし
おそばせながらあけましておめでとうございます。年末年始の旅日記を書こうと思っていたのですが精神的にまたやみ始めてしまいまして・・・・なかなか余裕がありませんでした。ようやく復活してきたので書こうと思ったのですがその前に。今日は12年前阪神大震災のあった日です。正直、昨年まではたいへんだったんだなあぐらいでピンときませんでした。(被災者の方ごめんなさい。)でも今年は早く起きて5時46分に黙祷しました。実は昨年であった私の好きになった人が阪神大震災を経験してるんです。詳しいことはわかりません。今日、職場の子(以前神戸に住んでいた)にきいたら被災された人は思い出してしまうから、あまり語らないそうです。ただわかっていることは当時、彼の大事な女性を(おそらく彼女かな?)彼はその地震で失ったということです。ぐちゃぐちゃになった町の中、彼女を探し回って、安置所でようやく出会えたそうです。それ以上は彼は語ろうとしません。その彼女を思い、その他の6433人の方を思い黙祷しました。彼の口癖は「いつ死んでもいいように一生懸命いきる」です。その言葉を口に出すたびに前向きではなくむしろ刹那的に聞こえます。ぽっかり空いてしまった心を一人で埋めざるをえなかったようで彼は心を容易に開いてはくれません。一生懸命のようにみえて、でも自分を追い込んでいるようで見ていると辛くなります。もっと楽に楽しく生きればいいのにって思う。でも好きになってしまった以上、その心を知りたいと思うわけで。わかってあげたいと思うわけで。一人でがんばってきたからなのか、いま、精神安定剤がかかせない私に対しても結局一人で乗り越えるしかないといいます。理屈は確かにそうですが結局は一人で乗り越えるしかないのですがそばに誰かがいてくれれば大きな力となりそばに誰かがいてくれれば大きな希望となり・・・・・そのことが彼には伝わりません。伝わっているのかもしれませんが彼の態度や言葉をみるとますます不安になる私。普段の恋愛だって難しいのに大きな心の傷はどうしようもなくでも一緒にいたいと思いでも一緒にいたいと思うのが辛いこれは私の神経症のせいなのかはたまた個人の心のせいなのか彼とこれからもつきあっていきたいけど心が疲れてしまってる私彼とこれからつきあっていきたいけど不安が大きい私とにかく阪神大震災でお亡くなりになった方のご冥福を祈り阪神大震災で心に傷を受けた方の幸せを祈ります。そして間接的ですが阪神大震災について考える機会を与えてくれた彼に感謝します。そして今、こうして無事に生きていられることに感謝します。