どうやら今朝も曇った夜明けだ。反射の少ないにぶい光が風景全体をじょじょに浮き上がらせる。その変化は緩慢で、それでも確実にしっかりと北緯三十七度付近を夜明けのなかへと送り出す。そのむかしの郵便局や銀行にみられた格子状の出納口の四角い小窓から小皿に載った札束が送り込まれ送り出されする、そのような情景のあの四角い小窓の向こう側とこっち側のあいだでつづく永遠のやりとり(コミュニケーション)は、喩えていうならば(あさっぱらから恐縮ではありますが)、この世とあの世の往来のようにもときにおもわれる。すっかり姿を見なくなった漱石にしてもあるいはまた個人的事情に関わればちかごろとみに縁遠くなってしまった一葉五千円札にしろ彼岸をわたってこっちからあっち、あっちからこっちと毎分毎秒その都度日本全国の小窓でどっこいしょと脚絆にわらじにときに長靴サンダル履きで往復する。月日とおなじくこちらも百代の過客に相違なく、ともあれそうしたゆるやかな時間の流れというものがちかごろはすっかり見えなくなってしまった。「現金自動支払い機」というのでしょうかAutomated Teller Machine略せばATM、もしくはキャッシュディスペンサー(CD)、磁気カードを差しこめばあの世から札束が送り出されてくる仕掛け。窓口に行くことも滅多になく、そもそも行ってもすでに懐かしの笑顔も小窓も無くなって久しい。やがてこうしたカラクリは五指の指紋認証や瞳孔認証といった生体認証に早晩切り替わり、今世紀の最初の15年を過ぎ越したあたりでまず紙の現金というものが消滅し(キャッシュレス)チップに納められた履歴データが判断する人生通信簿によって各人の懐ろ具合が毎時毎分毎秒精妙に診断されるということになる。おそらくは現在のケータイがその媒介端末の有力な候補であろう。やがてそのケータイも各自の生体に格納されおぎゃあとこの世に登場してまもなくにその所有するDNAの塩基配列ぐあいに応じた選別ふるいわけもとどこうりなく完了し、所定のチップが埋め込まれて150年ほどに間延びさせられたその後の人生のミリ単位の隙間までびっしりとその筋の監視管理の眼が照らし出し、眩しいほどの徹底したデジタルWeb100.0の1984世界がネグリ&ハートP2〈帝国〉仕掛けの世界構想NewWorldOrder2.0なる世界を現出させることとなるのだろうか。そうして300年後、すべての人間がジーンリッチとナチュラルというふたつの階級のいずれかに分けられる…と書くのはプリンストン大学教授(分子生物学者)のリー・M・シルヴァーが前世紀のおわりに著した「Remaking Eden (邦題 複製されるヒト)」である。ここでナチュラルは文字通り我等とおなじふつうの人類だが、ジーンリッチはすぐれたDNAのみにより人工的に誕生した遺伝子改良人類で、全地球人口の1割しか存在しない。両者のあいだは月とすっぽんいや大リーガー松坂投手と草野球のセカンドの契約金あるいはまた地球とプルートー君ほどの距離があり、ほとんど隔絶しているという。もしもこれが我等の未来ならば、わたしとしてはさっさと土に還ってもぐらといっしょに遊びたいとおもうのだが、時代はおおまかそのような方向へずんずんずどどどーんと走りはじめている。Web2.0も結構だが、いったいこうしてキーボードを打って飛び出す日本語が哀れにも思えてきてしまう今日このごろなのだった。
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