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カテゴリ:Israel
イスラエル国の63回目の誕生日(今年は5/8夕方から翌日夕方まで)を心から祝福します。マザル・トヴ! これからもますます日本との友好親善、相互理解が進みますように。 いつかまたあの国を訪れる日が来ますように。 ▲20年前にイスラエルから持ち帰った国旗のシールやらコインやら… ところで、イスラエルの人たちは独立記念日をどのようにお祝いするのでしょうか?イスラエルでの生活を経験されて帰国したKさんに以前お聞きた談話を再投稿します。 ☆☆☆☆☆☆ イスラエルでの経験でもっとも印象的な出来事は?と聞かれたら、迷わず独立記念日と答えます。この日は全てのイスラエル国民にとって一番特別な日で、どんな田舎に行っても催し物やコンサートがあり、本当に喜ばしいお祭りの日なのです。 ★ 独立記念日の前日、戦没者記念日(ヨム・ズィカロン)を迎えます。ズィカロンというのは、「記憶」という意味です。イスラエルの独立のために戦い、無くなった兵士を追悼するための日です。一日中テレビ、ラジオでは全戦没者の名前を流したり、特別番組を組んでいました。 学生はみんな追悼の意を表す真っ白のシャツを着て、それぞれの学校で式典をおこないます。また、戦没者のお墓や当時の戦場を訪ねたり、とそれぞれがこの戦争の意味をかみしめてその日を過ごします。誕生して以来数々の戦争を経験してきたこの国に住む人々にとって、この日は大きな意味を持ちます。 ★そして日が沈むと、、、そして夜になると、哀悼のムードは変わって、 独立記念日(ヨム・ハアツマウート)に入り、喜びの祝賀に満ちた空気に覆われます。半旗になっていたイスラエルの国旗が上まで揚げられ、戦没者記念日が終わります。当時エルサレムに住んでいた私は、夜6時ごろにみんなで街に繰り出しました。 街のあらゆるところに泡の出るスプレーと、巨大なかなづちの形をした浮き輪(?)のようなものが売っています。道行く人々を誰彼かまわずスプレーやかなづち(ピコピコハンマー)などでおそいかかるのです。やられた方もほかの人を泡まみれにしていくという、ちょっと日本では考えられない祝い方をします。数人で一人を囲んで泡だるまにしてしまうもよし。ピコピコハンマーで心ゆくまで打ち合うもよし、、、、このように激しいお祝いが夜中まで続けられるのです。 K氏 談:イスラエルダンスを踊る会 会報NO.52('03.05.11)より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.05.04 17:58:49
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