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梨畑稲造日乗

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2010.06.20
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カテゴリ:Pops / Rock

[枚数限定][限定盤]THE SUN/佐野元春 and The HOBO KING BAND[CD+DVD]【返品種別A】

‘いままできみはずっとひとりで、戦ってきたんだろう?
話したいことは山ほどあるけれど、ここで暖かいお茶でもどお?’

『The Sun』に収められている「レイナ」からの一節です。
詩人であり、ぼくの母校でいまは教鞭も執っている佐野元春、2004年の傑作。・・・傑作と呼ぶのに違和感を感じるくらい、美しく、音楽への愛情、生きることへの慈しみ深い眼差しにあふれたアルバムです。

配信で音楽が断片化したり、CDを聴いているとときどき、そこまでこてこてに濃くしなくても、とか、70数分の尺を埋めるために無理しなくても…という思いを禁じえないこともけっこうありませんか? 
かつて、LPレコードの時代には1枚60分を超えるものは皆無に等しかったころにくらべると、15分以上も長く収録曲を盛り込まなければいけないという売り手側の事情を介して、技術と受け手の欲深さに支配されている音楽の転倒した苦悩を音の裏側に感じずにいられません。まして、音楽評論家が、‘国内盤のほうが海外盤よりボーナストラック1曲お得’とか書いているのを読むと、忙しいのはわかるけど、ナスやきゅうりのセールじゃないんだからさあ、とこぼしたくもなります、長年の音楽好きとしては。

余計なことを書きました。この『The Sun』というアルバム-ひさびさにアルバムという言葉がしっくりとくるCDに出会ったのを素直に喜んでしまいました。発表されてもう6年にもなるんですね。
でもこれはまさにアルバム、音楽がさまざまなシーンから成り立ち、それぞれに被写体があり、それをファインダーから覗く眼差しがある。時代はもちろん音楽と詩に反映されているし、それが時代の大きなうねりのなかにあることもあれば、レイナのようにたった一人で戦ってきた女性の小さな、しかしその人の生きてきた軌跡にひとり眼を落としていることもある。

ジャズピアニストのKeith Jarrettが、「ある曲をジャズミュージシャンとして演奏するには、その歌の歌詞を十分知らなければならない」という趣旨の言葉を残しています。
ジャズミュージシャンが、たとえばピアノでアドリブを弾いて曲の深みを引き出していくとき、歌手もいないのに、ピアニストが歌詞を知らなければいけない、というのはとても示唆的ですね。

このアルバムの歌詞、それは詩として、様々な大きさの木々の蔭を写すように、日常と日常を生きる人間ひとりひとりの姿をふたたび邂逅させるような仕事だったのでしょう。

そして彼のこの当時のバンド、The Hobo King Bandは佐野元春の言葉と音楽に、それ以上足したり引いたりできない絶妙の筆をふるって、言い換えるなら音楽としての完成度の高さ、ポピュラーミュージックのすばらしさを職人技で練り上げ、作り上げています。
佐野元春が歌を作り、そこにバンドが料理人の厨房のように技の限りを尽くして味わいを加えていく・・・。出来上がった音楽には、素材のおいしさににうなづいたり、相槌を打ったり、ときには遊び心や気のきいたトッピングを施したりと、一言では表しきれない、でもシンプルな詩情がとけこんで心のとても切ない部分がふるえるようです。

ギターのリフや何気なさげなコードストローク、コーラスの声の張り、全体のバランス、ときにルーズな間、そして著者である佐野元春の肉声、こういった音楽の呼吸をよく聴いてみてください。声や楽器の息遣いが表現として自然に音楽に統合されているのに惹きこまれていきます。

これほどリラックスしていながらも、ナチュラルな凛々しさにあふれた音楽にはあまりお目にかかったためしがありません。これは日本に暮らすぼくらに届けられた、音楽のギフトです。
ありがたいと思います。





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最終更新日  2010.06.20 23:04:48
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