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カテゴリ:Jazz
Art Pepper アート・ペッパー / Living Legend 【CD】 受験生だったころ、毎朝午前5時にテープレコーダーのタイマーをしかけた。 東の空が夜の深い暗闇からかすかに青みがかってくる時間に、この曲が流れる。 受験生といっても、翌年、高望みも祟ってひとつも合格しなかったのだから、たいした自覚もなく、また目の前に控えている大学受験というハードルがどれほどの高さか測るものさしを持とうともせず、ましてみずからの能力などまるで、というわけではないにしろ、ほとんど見極めていなかったに違いない。 それゆえ、毎朝回りだすカセットテープの音楽は、目覚ましというよりは、不安と、そしてなにひとつ明確な志もないまま、受験という幻想に浸っていたころの伴奏曲のようなものだった。 小学校五年生のときに、英語学習のためと、親が買ってくれた懐かしいLL式カセットテープレコーダーの再生ボタンを押しこんで、アナログタイマーで電源が朝五時に入るようにして床に就く。 それは、勉強のためといいながら、じつのところ明け方の、青みがかる空にこの曲が流れることだけを夢にみたのである。 明け方に目を覚まし勉強に励む自分は幻想であって、いつまでも現実に追いつかなかった。 Shelly Manneのシンバルが静かに時を告げ、Hampton Hawesのピアノが遠い朝を予感させる。 Charlie HadenのベースがハイポジションのF音でその兆しをつなぐ。 やがて夜明けの緞帳をゆっくりとあげるように、ベースのF音は2オクターブを下降して、E音で夜の底にたどりついたころ、Art Pepperのアルトサックスが乾いた木の葉が枝でこすれあうように、(おそらく真冬の、弱い、しかし鋭く澄明な)朝日をひらめかせる。 雨の歌なのに、僕とってはいまでも明け方の歌。 Rainy Day という印象だけが、言葉に託されて、いまでもその音は冬の朝日の音にしか聞こえない。 若さは誤解に満ちているが、亡霊のようなかそけき幻想もここまで生きながらえてきたのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.12.05 23:14:55
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