貸した金返せよ♪
昨夜は珍しく寝付かれず、夜中に起きて資料を読む。いつもは睡眠剤の「こち亀」をながめていると、そのまますんなり眠りの世界に入っていけるのに。寝付けず、暗がりを手探りでネコ助を見つけ、なでなで。ネコ助はおつき合いで、ごろごろごろごろ、ノドを鳴らす。ひがなうつらうつらしている猫は眠りがとても浅いのだとか。なでなで、ごろごろ、なでなで、ごろごろ。ネコ助の必殺ごろごろも睡眠剤にはならず、『キリシタンと西洋音楽』なる本を枕元に持ってきてページをめくる。難しか~。なんだかさっぱりわからんわ。で、寝不足。3時間は眠ったのだけど、ぼくはナポレオンじゃないので昼下がりになると眠いやらだるいやら。脳が「きょうは働きまへん」と言ってる。ごろごろしつつ、テレビをながめていたら、ドラマの中で金貸しの取り立てシーンが。あぁ、あったなぁ、こんなこと。って、ぼくじゃないけど。学生時代の隣の部屋のおじさん。ぼくが住んでいたのは1階のドアを開けるといきなり下足場&階段になっていて、2階にいつつの部屋がある小さなアパート。上がりかまちに部屋毎に郵便受けがあるのだけれど、隣のおじさんのそこには毎日数通の督促ハガキが突っ込まれていた。こっそり手にとって文面を読むと(って、犯罪やがな…)、最初は丁寧に、徐々に高圧的に、そして罵倒する言葉へと文面も変わっていっていて、「へぇ、おもしろいなぁ」と思ったことだった。ある日、日が暮れて夜のとばりが降りたころ、窓の下から怒鳴り声がする。なんだ…?「こらぁ! おるのはわかってるんや! 下、開けんかい!」隣のおじさんのところへやってきた取り立てのお兄さんたちだった。1階の扉は内側からカギがかかるようになっているので入ってこられない。だから、「開けろ」と言ってるのだった。ぼくは電気もつけず、怒鳴り声を聞いていた。「隣の部屋の兄ちゃん、開けてくれんか」。そう言われるような気がして。恐かったな。結局、その日、お兄さんたちはお引き取りになったのだけど、数日後、1階のカギが開いている時にやってきて、隣の部屋のおじさんを責め立てた。安普請のアパートというのは、声が筒抜けだから、こんな時は面白い。ふたりのお兄さんは役割分担がはっきり決まっていて、片方がコワい言葉で脅す役。もう片方は、落ち着いた声で、「まぁまぁ、この人も反省してるんだから」と取りなす役。うまくできてるもんだなぁ。ひとしきり怒鳴り声と取りなし声が続いたあと、落ち着いた声が。「あなたも社会人なんだから、借りたお金は返さなきゃならないことはおわかりでしょう」住人のおじさんの声は小さく、ぼぞぼそ低くて聞き取れない。「私たちも仕事なんだから、何度もこういうことをしたくないんですよ。わかってくれますね?」「・・・・・・・・」「はっきりしゃべらんかい!」「もういい、わかってらっしゃるから。次に来るときにはすっきり解決できますよ。ね、そうでしょう」「・・・・・・・・」“次”があったのかどうかはわからない。その日から何日かして、1階に住む大家のおばあさんがぼくの部屋にやってきて、こう聞いた。「最近、××さん(隣のおじさん)にお会いになります?」姿を見かけなくなっていたことに、そのとき、気づいた。大家のおばあさんと入ったおじさんの部屋は、起き抜けそのまま。ちょっとトイレに…という感じのたたずまい。部屋ごと、抜け殻みたいだった。いなくなる前、おじさんは「糖尿病の具合いが悪くて…」と大家さんにこぼしていたそうだ。ぼくも廊下で会ったとき、同じ言葉を聞いていた。このおじさんが、ぼくの初めての“蒸発体験”。それからしばしたってのち。今度は、反対側の部屋に住んでいたお兄さんがいなくなった。その部屋には、畳まれたひと組のふとんの他には、全く、なんにも、なかった。茶碗も、箸も、コップも、歯ブラシも。数ヶ月の間に両隣の部屋の住人が蒸発。大家のおばあさんは「最近の人は居つきが悪いですねぇ」と、あきれた風もなく、どこか楽しんでいるように話した。ぼくは、取り立てる方か、取り立てられる方か、どちらかの立場にいずれなるんじゃなかろうかと考えた。どっちになっても、全然おかしいことじゃない。可能性はいくらでもあるんだし。ドラマを見ながら、あのおじさんとお兄さんは、今、どこで、なにをしてるんだろう…と思った。ぼくは今までのところ、どちらの立場にも立たずに済んできてる。よかった、よかった。しかし、パソコンからランダムで流している音楽が、この文を書いてるさなか、シンディ・ローパーの『 Money Changes Everything 』になったのはできすぎじゃない?くわばら、くわばら。