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(なお、ここから初めて読む方は、是非10/30の日記からお読みください) 「お代は見てのお帰りだよ」という客寄せおじさんの口上の誘惑に負けた私は、子供だから、ただでとりあえず見れるものと勝手に思いこみ、見せ物小屋に入り、ヘビ女とこびと娘の芸に圧倒されるのだった。 ハワイアンの格好をしながら、藤娘を決めるという無謀な曲芸技に、わたしは子供だったせいか、そのアンバランスさには何の疑問も抱かなかった。 いや、見せ物小屋には、そんなアンバランスを日常にしてしまう魔力があるのかもしれない。 しかし、彼女が、ちょきちょきと切った白い紙は、立体的にダラーンと垂れ下がり、藤の花の形をしていたことは、確かなのである。 こびとのミーちゃんは、ひょいとできあがった切り紙細工を客席に差し出した。 「もらえるよ」 私をロープ際特等席に置いてくれたお姉さんたちは、自分が持っている同じ藤の花の切り紙細工を持ち上げて説明してくれた。「もらいなよ」 何せ、ただで見に来ているので、そんなものをもらってもいいものか悪いものかわからず、再びおどおどとしてしまった私だった。 それに実を言うと、カラフルなというか、度派手な格好をしたこびと娘が作った切り紙細工が、一種異様な感じもしたことは確かである。見せ物小屋のアイドルとなっている、こびと。7歳くらいの私と同じくらいの大きさでありながらも顔がでかい。変わった人であることは確かなのだ。変わった人が作ったから、なんか変わったものとしか思えなかった。こわかったのである。 でも、勇気を出して、手を差し出した。 「ハイ!」 ミーちゃんが、切り紙細工をくれたのは、先ほど、ヘビの頭が飛んできて、悲鳴を上げてよけた親子だった。 一瞬、私の気の迷いが、綺麗な紙細工を逃してしまった。 「あーあ」お姉さんは残念そうだった。「もらえばよかったのにィ」 私は、でも、ほっとした。 あんなもの、家に持って帰ったら、どこに行ってもらったんだ、と親に追及され、勝手にひとりで見せ物小屋に入ってしまったことを怒られるかもしれないし。でもって、小人にもらったなんて、ワケのわからんことを言い出したなら、家をたたき出されるかもしれない。 もらわなくて、ほっとした気持ちが大きかった。 しかし、ほっとするのもつかの間、最後の出し物が待っていた。 音楽が鳴りやんだ。 「さて、本日お越しの皆様にこれからお見せするのは!・・・」ミーちゃんが急に真剣なまなざしで口上をはじめた。 ううっ!!ついに、出るのか!「二つのクビを持って生まれた赤ちゃん!」 それも、あの布の下にあるものがそうなのならば、先ほどちらっと見えたのは「骨」である。もう死んでいるのだ。その骨がここにあるわけなのか! 二つのクビを持った赤ちゃんの骨が!! ミーちゃんは、ヘビ女の側に歩み寄り、そこにある箱を開けた。 なんとそれは、紙芝居の箱だった。 見せ物小屋は、一転、紙芝居小屋に変わった。 「神の思し召しか、はたまた悪魔のいたずらか?」 最初の紙を引き抜くと、 オオーーーー!!!!! そこに描かれている絵は、昔で言えば、「きいちのぬりえ」のようにカラフルで可愛い絵であった。 その図柄は、「誕生」である。キリスト誕生みたいな絵で、お母さんに抱かれた赤ん坊と、それを見守る天使たち。しかし、赤ん坊の体は一つなのに頭は、二つある!! シャム双生児である! シャム双生児という言葉は、当時知らなかった。しかし、そういう奇形の子供が生まれたとか言う話は、子供の私でも聞いていた。それでも、さすがに、実物は見たことがなかった。 「光が天よりましましたその夜に、この子は生まれたもうた」とか何とか、ミーちゃんの前口上が神父の説教めいたものになってきた。 「そして、神がこの世に生ませた命は、この子だけではありません」そりゃ、そうだ。 ミーちゃんは、次の紙芝居に移った。 ががーーん!! そこには、今度は、人間の子供ではなく、「牛」の子供が描かれていた!!! それも、クビが二つある牛である! 牧場で、ある朝、農夫が生まれたばかりの奇形の牛を発見して驚いているような図柄である! 「アメリカのテキサスの農場で、5年前、光が流れた次の朝、生まれた仔牛は、神の使いだったのです!わたしたちの苦難を助けるために、神が使わし、わたしたちの苦しみをこの子がすべて引き受けたのです」少し、子供の私には、難しい内容になってきた。でも、話題は、二つのクビを持つ赤ちゃんと言っても、二つのクビを持つ「牛」の赤ちゃんへと移っていた。 「そして、この子が今ここに来ています!ご紹介しマース!」 さっきから風呂屋の番台の上みたいな箱の上に座っているヘビ女のおミネおねいさんが、自分の脇にある布をつかんで、ばっとそれをはぎ取った!! 「ワアアーーーー」「オー!」「あれが?」「いやだー」 大人はみんな驚いている。 そこにあったのは、前足が骨になってむき出しになった、二つのクビを持った仔牛の死体であった!! 「ぎょええーーー!」と、私は思っていた。ホントは、二つのクビを持った人間の赤ちゃんを期待していたのだが、まあ、二つのクビを持った牛でも、驚くべきものはあった。 その上、気持ち悪い肉屋にぶら下がっているみたいな赤い血のりがついている骨格だ。とにかく、やっぱり驚いたのである。 「さあ、皆さんで、この人間の苦しみを背負って旅立った仔牛のご冥福をお祈りしましょう・・アーメン」 いつの間にか、キリスト教の世界になっている。 考えてみると、ここは神社なのに! それに、せっかくこの世に生を受けたけど、すぐに旅立ってしまっては、やはりかわいそうである。でも、私は訳もわからず、両手を合わせて「アーメン」と心の中で唱えていた。ちょっとおかしいが、まあいいだろう。 ヘビ女おミネおねいさんは、お祈りが終わると、すぐにまた、布を仔牛の死体にかけた。 あっという間の、邂逅だった。あの牛に見えた世界は、どういうものだったのだろう。目が四つあると、ものがどのように見えたのか。どっちの口でえさを食ったのか。ホントは、おミネおねいさんかミーちゃんに聞きたかった。 「もう、おしまいだよぉ」お姉さんが私に耳打ちしてくれた。 これで、おしまいか・・・ 「本日はありがとーございましたー!!」「ありがとうございマース!」ミーちゃんとヘビ女おミネおねいさんは二人で、観客席に向かって頭を下げた。 本当に終わりだ。 終わりの挨拶である。 「お帰りは、左手、あちら側でございます。お一人様30円。このかごに入れてください」 ミーちゃんが買い物かごみたいなかごを出した。 お客は、一斉に出口に向かって歩き出した。 「はーい!ありがとうねー!」 威勢のいい、ヘビ女おミネおねいさんの声がみんなを送ってくれている。寄席などでよく聞く、送りの太鼓のようなBGMが流れはじめた。 ううっ!! 金持っていないんだよ! 誰もいなくなっていく観客席に一人たたずむ、ボク・・・ さあ!どーする!!!!???? (さらに、つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年11月05日 22時22分15秒
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