カテゴリ:社会科(地理・歴史)
最近さぁ、『仁徳天皇陵』の名称を取りやめて『大仙陵』とかって名前になってるとか聞くでしょ。
昨夜の「ビ~バップ!ハイヒール」でもりんごさんが、 ”今は名前が変わって『大仙陵』って言うねんね” みたいにちょっと得意気に言ってたし! でもさぁ、長い間「仁徳さん」で親しんできた世界一広いお墓の名前を急に『大仙陵』にするって言われても、 ”そんなん嫌やわ!” みたいな事をなんとなく思ってたんよね。 どうせ6世紀以前は文字による記録がないので、どの古墳が誰のお墓であるかなんか、厳密には一つも確定できないんだもんね。 それに仁徳天皇のお墓じゃないんだったら、宮内庁の管轄を外してすぐにでも徹底的に発掘調査をしたらいいじゃんか!とも思う。 まっ、 ”仁徳さんのお墓じゃないけど、天皇のお墓であることには間違いない” って事なんだろうけどね…。 で、実は堺市の「三国ケ丘」というところに行く用事が出来て行ったんだけど待ち時間が何時間も出来てしまったんだ。 その時カーナビを見たら画面の半分が『仁徳天皇陵』だったんだ。 なんせ馬鹿でかいから縮尺の大きい画面にしてたらモニター画面より『仁徳天皇陵』のほうが大きくなっちゃうもんね! でね、仁徳さんにはもう何十年も行ってないし名前が本当に「大仙陵」になってるのかも確認したくて行ってみたんだ。 そんな訳で『仁徳天皇陵』見学ガイドを書く事にするね♪ ↓写真はどれもクリックで拡大。
地図を載せるより、現地にあった、この案内地図のほうが分かりやすいと思うので載せたよ。 で、この上の写真の仁徳天皇陵の上で黒い線が交差してるところが南海高野線とJR阪和線の「三国ケ丘駅」。 この左上から右下に通ってる黒い線はJR阪和線。 右上から左に通ってる黒い線が南海高野線。 JR百舌鳥駅が最寄り駅だけど、仁徳天皇陵を一周するのなら三国ケ丘駅から行っても問題ないよ。
上の写真の場所は仁徳天皇陵の前方部の中央部の鳥居の立ってるところで3重に囲んでるお堀を一つ超えた所になる。 鳥居の向こうに見えてるのはなんか遠くにある山みたいに見えるけど、これが仁徳天皇陵の本体なんだ!
ほぉら!「大仙陵」のほうが呼び名で「仁徳天皇陵」で良いんじゃんか! 正式名と言うのなら「大仙陵」じゃぁなくて「百舌鳥耳原陵」が正しいっちゅう事みたいだよ。 そんなだから、別に ”今は「仁徳天皇陵」とは言わない”なんてしゃっちこばった事を言う必要は無いんよ! ボランティアのおじさんも、仁徳天皇のお墓では無いとする考古学上の事実関係をたくさん聞かせてくれた。 仁徳天皇陵と呼ばれるようになったのがいつの頃からで、どうして仁徳天皇陵と呼ばれるようになったのかも説明してくださった。 その上で、”仁徳さんは仁徳さんで良いじゃん”みたいな感覚だったしね♪ 時間があったから仁徳天皇陵の回りを歩いて一周してみた。
このあいだ、奈良県桜井市の景光天皇陵や崇神天皇陵の巨大古墳を見てびっくりしたけど、仁徳さんはやっぱ規模が違うって思ったよ! なんかねぇ、この頃「仁徳天皇陵」って言っちゃぁいけないんじゃないかという思いがわだかまってたんだけど行ってみて良かったよ(^^♪ ボランティアのおじさんとの話でも、別に「大仙陵」と言わなくても「仁徳天皇陵」と言ってて良いんだって思えたしね♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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