カテゴリ:マーラー演奏会(2012年)
この記事は、すぐ前の記事「大植英次&大フィルのマーラー3番(2012年):その1」の続きです。
さて終楽章の音楽です。僕は終楽章になってようやく音楽に引き込まれました。弦楽合奏で、目の前の小野さん率いるヴィオラ隊が、これまで気がつかなかった音型をザワッと弾いたパッセージに背筋がザワッとして、この席で良いこともあった、とようやく思ったりしました。 ここから先の感想は他の方には共感されないことかもしれませんが、自分の感じたことをそのまま書いておきたいと思います。 大植さんの終楽章を聴き進むうちに、僕はだんだんと、この楽章から普段とはいささか異なった印象を感じ始めました。うまく表現できないのですが、「沈痛」、あるいは「苦悩」という言葉に近いような、(しかしちょっと違うような気もしますが適切な言葉がみつかりません)、そういった方向性を強く持った音楽、という感じです。大植さんらしい迷いのない生命肯定の歌ではなく、翳りを強く帯びたような歌です。3番の終楽章を聴いて、こういう感じがこれほど強くすることは、これまでなかったことでした。 これは一体どうしたことだろう、と訝いながら聴いているうちに、大フィルのブログに書いてあったことを思い出しました。つい最近、大植さんのお父様が亡くなられた、ということです。大フィルのブログにのっていた3番の練習の記事によれば、お父様が最近亡くなられたけれど、3番の練習に登場したマエストロはお元気な様子だった、と書いてありました。僕はそのことを思い出して、この音楽のありさまが、すごく腑に落ちました。これはお父様に手向ける音楽、お父様に捧げる音楽なのだ、と。 とは言っても、必ずしも大植さんがそう意識していたということではないです。むしろ、大植さん自身はそういうことを意識せずとも、自然にそういう音楽になったのではないかと、そんな風に思います(まったく根拠はありませんが)。 いずれにせよ、今回の演奏とお父様のことを結びつけるのは、僕のまったく勝手な思い込みかもしれません。しかしお父様のご逝去のことを思い出してからは、ますますこの演奏の「苦悩」というか「翳り」の面が切実に感じられてきてしまい、僕にはそのような音楽として聴こえてきて仕方ありませんでした。 やがて終楽章の大詰め近くの金管コラールがやってきました。忘れもしない7年前の3番では、その前後は深くゆったりとした歩みだったのに、ここの金管コラールが、速めのテンポであっさりと進んで終わってしまい、とても物足りなく思ったものでした。当時の大フィルのラッパ隊のレベルは今ほど高くなく、唯一頼れた秋月さんはポストホルンを吹いたのでこの金管コラールには参加せず、それで戦力不足が明らかだったので、さすがの大植さんもこのコラールをゆっくりたっぷり歌わせるのはあまりにもリスキーと判断して諦め、淡々と振ったのではないか、と勝手に想像(妄想)したものでした。 今回の金管コラールは、まったく違いました。妥協のないゆっくりとした金管コラールが、大植さんの棒に導かれ、1番トランペットの秋月さんを中心に、ゆったりとたっぷりと歌われました。大植&大フィルラッパ隊、雪辱を果たしたというところでしょうか。 とうとう演奏が終わって、拍手が続き、ポストホルンを持った篠崎さんがにこにこしながら登場。いつの間にか篠崎さん、独唱者ペーボさんの座っていた椅子に腰掛け、そのあと出てきたペーボさんもびっくり、「それ私の椅子」と笑いあう、楽しい一幕もありました! ・・・大植さんは、あえてこれまでの自分とは違ったアプローチでマーラーを捉えなおそうとしているのでしょうか。 2005年に聴いたマーラー3番は、あたたかな生命肯定の歌にあふれたもので、特に第一、第二、第三、第四楽章はすばらしい名演でした。 今回のそれらの楽章からは、そのような歌の魅力は、随分減ってしまった感じでした。 ようやく終楽章になって、聴き応えのある音楽が現れてきて、感動しました。しかしその方向性が、上記したように、僕の思い込みかもしれませんが、かなり特異な方向性を持った音楽でした。もしお父様のご逝去の直後でなかったら、これとはだいぶ違った終楽章になったのではないか、と思っているところです。このあたりについてはもう少しだけ、別の記事で補足しようと思っています。 大植さんは、どこへ行こうとしているのだろう。 7年前の3番を聴いて感動し、「また数年後あるいは10年後に、大植さんの3番を再び聴きたい」と思ったものでした。それが今回実現しましたが、いろいろな意味で予想と違ったものでした。以前ぐすたふさんがブログに、大植さんはいつも(聴衆を)裏切る、とポジティブな意味をこめて書いておられましたが、そのお言葉、今こそ身に沁みて良くわかります。 大植さんは、どこへ行こうとしているのだろう。 大植さん、次の3番を、また10年後くらいに、是非聴かせてください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.05.28 00:07:54
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