9月13日、ノット&東響によるマーラー3番の2日目です。今日の会場は東響の本拠地ミューザ川崎シンフォニーホール。僕の席は2階センターブロック前方部(2CAブロック)の右寄りです。このホールの2階センターブロックは前方の2CAと後方の2CBがあり、どちらも良い位置ですが、特に2CAブロックはステージとの距離がかなり近く、視覚的にも音響的にも僕のとても好きなブロックです。席に座って後ろを振り返って鐘がどこに置いてあるか客席内を見渡しましたが、見える範囲にはありませんでした。(演奏終了後に振り返ってみたところ3階センターブロック(3C)あるいは3階右ブロック(3RB)の最後方あたりで歌ったようでした。)ご参考までにミューザ川崎の座席表はこちらです。
昨日と同じに、女声合唱82名がPブロック(座席表の2P)に入場し、引き続いてオケが入場。昨日見えなかった金管の配置が良くわかりました。ホルンは中央から左側に横一列にアシストを含めて9人が並び、1番ホルンはジョナサン・ハミルさんでした。
音楽が始まりました。ホルン主題のギアダウンはもちろん昨日と同じでした。ところでホルン主題部分で僕がちょっとばかり気にしている点は、シンバルの人数です。冒頭のホルン主題呈示部と、楽章後半のホルン主題の再現部(練習番号55) で、シンバルがそれぞれ1回ずつバシャーンと叩かれますね。このシンバルは、スコアでは、冒頭部分は二人で ff 、再現部分は「何人かで」かつ fff と指示されています。何人かでというのはニュアンス的に、「3人以上で」という意味合いだろうと思います。しかしこのシンバルの人数をきっちりスコアの指示通りにやる演奏は、かなり少数派です。ほとんどの演奏で、最初一人、次二人とか、あるいは最初も次も二人、場合によっては最初も次も一人、などと手抜きで済まされてしまいます。
ちなみにこのホルン主題の再現部の直前には、舞台裏で小太鼓が叩かれます。そこで、マーラーの指示通りに再現部のシンバル奏者を3人以上で実施しようとすると、通常とられる方法は、この舞台裏の小太鼓が鳴り終わって舞台上のホルンが主題を吹き始めたときに、小太鼓を叩き終わった打楽器奏者が一人あるいは二人、すかさず舞台裏から駆け込むように急ぎ足で舞台上に戻ってきて、シンバルを急いで準備し、そして舞台上のシンバル奏者と一緒に、何人かでバシャーンと叩く、というやり方になります。ここは時間的に余裕がほとんどないので、見ているだけでもハラハラしますし、演奏する方はかなりの神経を使うと思います。しかもそれでいて、実際に3人以上と3人未満とで音響的に大きな違いがあるかというと、正直言って、ものすごく大きく違うということはありません(^^;)。ただそれでも、そのような効率が悪いというか労多くして実り少ないマーラーの細かな指示を、どれほど忠実にこだわって実践しようとするかどうか、そこにその指揮者のマーラーへのこだわりの強さが現れて、僕が興味ある点の一つです。
僕の記憶しているなかで特筆すべき素晴らしさだったのは、浅野亮介さんという方が指揮したアマオケのアンサンブル・フリーによる尼崎の演奏会(2012年)で、冒頭部分はふたり、そして再現部ではなんと盛大に4人と、スコアの指示を忠実に実行していました。この徹底したこだわりには敬意を表します。あともう一つ、横浜のアマオケみなとみらい21交響楽団も2014年に、再現部で派手な複数シンバル(よく覚えていませんが多分4~6人位でした)の演奏をやっていましたが、これはそもそも直前の舞台裏の小太鼓を、舞台裏でなくP席で大音量でやってしまうという、マーラーの距離感の指定を無視した、僕にとっては疑問符の付く方法でした。
説明が長くなりました。今回のノットさんは、呈示部ではメインのシンバリスト一人でしたが、再現部は、この「駆け込み打楽器奏者」二人がさらに加わって、計3人で叩かせていました。
肝心の音楽です。第1楽章は昨日と同じく、柔にして剛の、すばらしいものでした。第1楽章終了後、 今日もオケがもう一度チューニングして、美しい第2楽章が歌われました。そして第2楽章が終わって、ノットさんが少し間合いを取っているときに、藤村さんが昨日と同じようにしずしずと目立たないように舞台に入場して、指揮者の左横の椅子に静かに座りました。指揮者も知らんぷりしています。藤村さんとノットさんのあうんの呼吸で、拍手は今日も起こりませんでした。実は、ここまでの演奏中の聴衆のノイズが昨日よりも多く、ややざわついた雰囲気だったので、きっと今日は藤村さんの入場時に拍手が起こってしまうだろうなぁと観念していたのですが、忍びの術を心得ているかのような、気配を殺しきった入場でした(^^)。この聴衆を相手になかなかすごい、技ありの入場です。決して自分が目立とうとせず、音楽に奉仕するという姿勢が徹底している藤村さんならではのことと思います。
ここまでも十分に素晴らしいのですが、ここからが、昨日よりさらに素晴らしさを増した演奏になりました。第3楽章のポストホルンは、2階の僕の席で聴いても、昨日と同じように、やや右前方の高いところから、しかしどこから聞こえて来るのかはよくわからないようなふわーっとした響きで、聞こえてきました。見える範囲では、2階席のドアは開いていないようだったので、おそらく3階席の右側の客席のドア(座席表の3-R4とか3-R5等)を2-3 ヵ所開けて、客席の外の通路で吹いたのではないかと想像します。適度な距離感で、豊かな響きでした。ポストホルンの調子も昨日よりさらに好調で、出だしの1~2小節の音程がごくわずかに低めだった以外には、完璧な音程、暖かく豊かな音色、歌いまわしの美しさ、どれをとっても極上のポストホルンでした。しかもこれが、超絶的に遅いテンポでたっぷりと歌われたのです。もしかしたら昨日よりさらに遅いテンポだったかもしれないです。このテンポで、楽器もポストホルンを使って、ここまで美しい歌を吹かれるとは、佐藤友紀さんに心からブラボーを捧げます。
第4楽章も昨日同様、かなりの遅いテンポで、藤村さんの名唱が聴けました。藤村さんは、ノットさんがバンベルク響を振ったマーラー3番のCD(2010年ライブ)でも歌っているし、2人の信頼関係は相当厚いだろうと思われます。なお初日にはこの楽章でかすかにもたついたホルンも、今日は完璧でした。
第5楽章は、僕の席では昨日と全く同じように、ほぼ真後ろの高い方向から児童合唱と鐘が聞こえてきました。僕の今日の席は昨日と比べて、女声合唱とは少し遠くなり、児童合唱とは少し近くなったので、音量バランス的に昨日より児童合唱がしっかり聴けて、とても良いバランスで聴けました。この児童合唱は本当にきれいな、澄んだ鐘のイメージにぴったりの、素晴らしい発声・響きでした。
そして第6楽章。きのうと同じ、最初から最後までゆるぎなく一貫した遅さです。いや昨日よりも、さらにゆったりとした歩みのような気がします。ホルンが強奏する部分も、昨日よりもさらに超越的な存在感をもって響いてくるように感じます。そして最後近くの金管コラールも、昨日と同様に本当にゆったりと深々と美しいです。このコラール、昨日の僕の席ではトランペットが音量バランス的にやや埋もれ気味になりましたが、今日の席はこのコラールのトランペットを良いバランスでたっぷりと味わえて、最高です。
このあと、だんだんと盛り上がって主題が歌われ、テインパニーの大いなる歩みになり、そして曲が終わります。すべて一貫した遅さ。このあたりの音楽は、初日よりもさらにまとまりが良く充実していたと思います。偉大な演奏です。そして最後の和音が鳴り響き、その余韻がホールから消えていきました。
そのあとです。昨日のサントリーでは実現しなかった、演奏終了後の静寂が、今日は実現したのです。ノットさんの両手が高く上げられている間、誰一人拍手しませんでした。(ひとり、がさがさと音を立てる不届き者がいましたが、幸いにも拍手は起こりませんでした。)長い完全な静寂のあとノットさんの両手がゆっくりと下げられていき、下がり終えると、そこから初めて拍手が沸き起こりました。
二日とも名演でした。二日間を強いて比べるとしたら、第一楽章は初日の緊張度がまさっていたように思います。第三楽章以降は、二日目の演奏がより深みを増したように思います。特に二日目の終楽章は、奇跡的な音楽になっていました。だからこそ、聴衆の拍手もまったく起こらない、完璧な静寂が実現したのだと思います。
東響は本当にいい演奏をしていました。特にホルン隊は、そのパワーの充実と、音色パレットの多彩さが、光っていました。あとポストホルン(おそらく首席トランペット奏者の佐藤さん)と、1番トランペット(おそらくもう一人の首席奏者の澤田真人さん)も、素晴らしかったです。ともかくもオケの皆々様に感謝です。
あと一つ、触れておきたいことがあります。公演プログラムに、ノットさんと岩下眞好さんの「マーラー:交響曲第3番を語る」という対談が掲載されています。ノットさんの意外な3番感が語られていて興味深いので、これについてはまた近いうちに別記事で書こうと思います。
なおノットさんは2014年度から東響の音楽監督をしています。このたびその契約を延長したことが発表されましたが、それがなんと10年間、2025/2026シーズンまでということです!お互いがよほど良い関係にあるのでしょう。今後の10年間のノット時代、東響にとって大充実の時代になるのではないでしょうか。