アメ様シリーズ
―――――バァン―――――
「あぁ、もぉッ!!」
部屋のベッドでうたたねしていた僕を突然にさます音。
少し体を起こしてドアを見やると、開け放した(蹴り跳ばした)張本人のシルエットが浮かんでいた。
まったく、人の部屋のドアだっていうのに。
僕はため息をつく。
こんなに堂々と、かつ乱暴に、ずかずかと入ってるくるのは彼女しかいないだろう。
アメ様だ。
とりあえず起きようと思った僕は、かけていたものを足元によせる。
「そのままでかまわん。隣でいい、寝かせろ。いいな。」
ビックリしている僕を再びベッドに押し倒して、上から僕は固められた。
「…はい。」
小さく返事をすると、アメ様は足元のシーツを深く被る。
それでもベッドに縫い付けられるような、圧倒的な威圧感がシーツごし僕に刺さった。
僕の魔力は、素晴らしく彼女に劣る。
だけど僕も忍だし男だから、上下を入れ替えるのは楽なんだけど。
彼女の不機嫌さからくる殺気とでもいおうか。
それが僕の『じゃれたいなぁ』なんて邪心をストップさせていた。
でも、僕の隣で丸まって寝てるなんて。
薄い白いシーツに波を作って、紫の髪が川になる。
隣で見れば見るほどに、思う。
…無防備すぎるだろ?
いつものことだと言っても。
「アメ様、抱きついてもいいですか?」
「いま不機嫌なんだ…。」
シーツの中からは拒絶。そのあとに続くのは舌打ち。
もぞもぞと寝返りをうちながら、ったくあの野郎めがなんて言ってる。
その野郎とは僕のことではなく、先ほどまで会っていたであろう隣国の王子のことだ。
「アメ様… 何かあったんですか?」
彼女は不機嫌そうにして、未だ顔を出してくれない。
無視を決めこむつもりらしい。
僕は知っている。
大好きなんだよね…、王子はアメ様の事。
そしてきっと、姫が不機嫌になるようなことしたんだな。
いつもは舌打ちくらいですんでいる彼女が、こんなにまで不機嫌なんだから。
大変なことをしてくれたんだろう。
「とりあえずジャスミン茶入れるんで飲みません?リラックスできますよ?」
シーツをひきはがしながらの強引な僕の誘い方は、いささか反則だけれど。
力業でしか、彼女に勝てない。
仕方ないと思いながら、少し罪悪感にさいなまれる。
「さっき飲んだからっ!でも… 紅茶なら飲む。 」
腰あたりまでシーツを剥ぐと、降参したらしく返事をくれた。
「紅茶、嫌いじゃなかったですか?」
「たくさんはいらない。 …お前も飲むんだろ。それ少しもらうから。」
あぁそっか、僕の分ければいいんだから… 二種類作らなくていいし、手間省けるか。
っ違う!!何か違うッ!!
首をふりながら、僕はお茶を入れるためにシーツから出た。
…同じの飲むって、間接キスじゃないか。
きっと彼女はそんなこと、欠片も思ってないだろうけど。
自分だけ妙に間抜けだ…
「で、アメ様。王子と何かあったんですか?」
手元でポットをいじりながら後ろに声をかけると、ため息まじりの返事が帰ってきた。
「あったんだよ、残念なことにな。 …キスされたんだ。」
「はぁ!?」
思わず振り返ると不機嫌な彼女。
あぁだから… こんなにも機嫌が悪かったのか。
「唇、守れなかったとか言うんじゃないだろうなぁ?いいんだ、別に。」
僕が傍にいれば、守れたのに。
言おうとしたことを、先に言われた。
刺すような瞳が、僕の目を反らさせない。
「アメ様…」
「だけどあの野郎、人がいる場でいきなりキスしやがって。」
ベッドの上に枕を叩きつける彼女を、言ったら怒られるだろうが可愛いと思った。
シーツを剥いだ彼女は僕の方にやって来る。
「人がいない場所の方が、危なかったんじゃないですか?」
「…喧嘩売ってんのか。人がいないなら、遠慮なく殴ってやったさ。」
僕の心配は、物騒な台詞で返されることとなった。
彼女は彼女のなりに、自分の立場をわきまえている。
だから抵抗(もとい反撃)もしなかった。
…とりあえず相手は王子だし。
僕の思考回路を遮断するように、ポットがカタカタとなりだした。もうすぐ沸くだろう。
「まだぁ?」
「まだです、もうちょいかな。」
むぅーと言うふてた声が聞こえたのは、アメ様が僕の腰に腕を絡めて、後ろから抱きついているから。
たまらなく可愛い。
後ろから感じる体温に溶けながら、手元ではポットをいじる。
ヒューという音と白い湯気は、沸騰の合図。
「…なぁ、レイス。」
「何ですか、アメ様。」
いじる手は止めずにそのまま返事をすると、突然抱きしめる力が強くなった。
それはまるで“こっちを見て”と言っているように。
「あ、アメ様っ?」
「…キスな、すごく気持ち悪かったんだ。そう思わないか、口と口つけるんだし。」
そういってまた一段ときつく回される腕。
…僕の心を彼女は知らない。
護衛だから、傍にいるわけではいということも。
僕が触れる意味を知らない。
抱きしめる意味は、寂しがり屋の彼女にとって違うものになる。
王子の感情も彼女は知らない。
他人からどう思われてるか、ましてや恋愛感情なんて、鈍感な彼女は気付かないだろう。
キスも… 他人との触れ合いを嫌う彼女にとっては、キモチワルイ以外の何物でもないのだろうけれど。
僕だって無理矢理奪ってしまいたいと思ってる、それも彼女は知らない。
思わずもれる溜め息。
…王子も僕も、けっこう可哀想だな。
振り返って見ると、そうだろ?と同意を求める瞳。
ポットは、ほっておこう。
僕は向き直り、彼女の頬にそっと触れた。
「なんだよレイス… くすぐったい。」
彼女は分かっていない。
今、僕が何をしようとしてるかも。
それは… 気持ち悪いだけなのかな?
「少しだけ… 目、瞑っていてください。」
「???」
彼女は眉間に皺をよせて、本当に疑問の表情を浮かべている。
きつく瞑られた瞳が愛しい。
そっと掻き抱いて、軽く唇にキスを落とした。
心音がとても心地よい。
軽い接吻でいいんだ、僕は。
彼女にとってキモチワルイことを、僕は求めているわけだし。
頬から手を離しても、まだ眉間に皺がよってる彼女。
キス、怒ったかなぁ?
「アメ様…?」
「…目、いつ開けていいんだ?」
「えっ?」
僕が不安で聞いたのに、どうやら彼女はタイミングが分からなかっただけらしくて。
キスしたってのに“開けてもいいですよ”の声を素直に待っている。
もう本当に、可愛い。
と思う反面、王子が憎らしくもなるのだけれど…
「開けてもいいですよ?」
「ったく、レイス!!おまえ何のつもりだっ。」
開いた瞬間の彼女の目に、鋭さが混じっていたのに僕は気づく。
「…キスって言ったら怒ります?」
嫌われたくはない。側にいたい。
でも僕だけが特別になりたい。
そして、触れていたい。
彼女を誰の物にもしたくない。
一度は離した体を再び抱き締めて。
肩に顔を埋めると、僕はもう一度同じ言葉を耳元で囁く。
「キスって言った怒ります?」
今度はおずおずと、僕の背中に回させる細い腕。
「バカ… 塵にしてやろうか?」
向かい合わせに抱きあっているため、表情は分からない。
だけど僕の耳元で囁かれる声は、いつもより少し上擦っているもので。
普通の人ならば、ぞっとするような台詞だけれど。
彼女なりの照れ隠しだと知っているから、可愛いとしか思えない。
(本当に怒ってたら、きっと何も言わずに… うん。)
いまごろ殺られているだろう。
「おい、レイス。」
「アメ様、何ですか?」
おとなしくしてくれてたから嬉しくって、ずっと抱き締めていたのだけれど…
彼女は急にジタバタしはじめて。
「早く火とめろっ!このバカレイスっ!」
「あーーっ!!忘れてました!!」
蓋がカタカタと鳴って急かすポットを急いで止めて。
二人で顔を見合わせ、笑う。
「紅茶、まずかったら承知しないぞ…」
悪態をつきながら、それでもまだ腕の中に収まってくれている彼女が可愛い。
はいと返事をしてから彼女を開放すると、彼女はとたとたと食器だなへ。
僕のマグカップを取りにいったのだろう。
ベッドとは反対側に戸棚があって、その一番上の右端にそれはある。
背伸びをすれば、きっと届くだろう。
木目の戸棚に手をかけて、必死につま先立ちをする彼女が目に浮かぶ。
いつもツンとすまして、誰にも懐かなくて、冷静に物事に対象する。
これが城での彼女の役割。王女としての強がり。
そして生きていく糧。
…じゃあ、今の彼女は一体何?
人のベッドは占拠するし、甘えん坊なのに天邪鬼で、当たり散らしてふて寝もするバイオレンスな寂しがり。
僕の前だけ。
素直な彼女だから。
王女であるときの彼女はまるで自分のことには関心がない。
反応が無機質になる。
その状態の無理をしている彼女に、キスをした奴が…
最上級に僕は憎い。
「ん、レイス。これだろ、マグカップ。」
ゴンと少し乱暴に置かれた水色のそれ。
上の空だった僕を、現実に戻すには丁度良い音の衝撃だった。
「はい、ありがとうございます。」
それを手に取ってコポコポと注いでいく。
その様子を、それとなくじっと見いる瞳が幼くて。
「先に飲みます?」
マグカップを差し出すとコクンと頷いて、それを唇に運ぶ。
一つ一つの動作がゆっくりと流れていく感覚に僕は酔った。
「あ、砂糖いれてない。」
ゆっくりとした時間に響く彼女の声。
黙って角砂糖の瓶を差し出すと、嬉々とした表情を浮かべて瓶の蓋をあけた。
生命本能とでも言うのだろうか?
彼女は甘いものをよく欲する。
今だってその“甘いもの”をぼとぼと紅茶に放りこんでいるんだから。
ちなみに角砂糖が一つ、すでに彼女の口にも放りこまれているが。
「甘すぎませんか?」
「丁度いい。」
過剰摂取の糖分も、彼女には必要なものらしい。
…にしても、立ち込める紅茶の匂いがすでにヤバい。
かなり甘ったるい。
「飲むか?」
「…新しいの入れます。」
返事をすると、彼女は飲み干して空になったマグカップを僕に手渡たした。
不機嫌そうに。
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はい!
アメ様シリーズ最初からです。
こんなことになってたんですよ??
花火さん、甘ぁいよー。笑
自分でつくるココアくらい甘いよー。(当社比