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意を決して振り返り、楓のところに駆けていった。隣に座りながら、少し伏目がちな楓に、屈託なく、「あ~、のど渇いた。なんか飲ませて」と言ってみる。ぎこちなく笑ってポットからアイスティーを注いでくれる楓。やっぱり、チビたちの言うことを深刻に受け取ってるみたいだ。そして、もちろん、謙吾のことも。頭の中で、俺に2度と会わない理由を必死で考えているのかも、と思うと、切なくなる。「ごめん、いっぱい待たせて」コップを受け取りながらいうと、楓は、微笑んで、『いいの、楽しそうだったし。あっという間だったわ』と書いてくれる。やっぱり笑顔がさっきより5センチくらいよそよそしい。俺は応えて微笑みながら、心の中では泣きだしそうになった。楓が俺の手の中からするりと抜け落ちそうになっている。まるでスカーフを掴み損ねるように。俺は焦った。自分の気持ちももちろんだけれど、楓だって、こんな風に過去を原因に、新しい人間関係を築くことをあきらめ続けていくなんて、可哀想すぎる。何とかしなくては、、、と思ったところで、俺には、素直に気持ちを伝える以外、思いつけなかった。所詮、駆け引きなんかとは無縁の、シンプルな人間なのだ。少し目を閉じて、気持ちをまとめてから、楓の方を向いて呼んだ。「楓」声の色が変わったのを見て取って、楓が緊張してこちらを向く。「俺、出会ってすぐで、気が早いと思われるかもしれないけど、楓が好きなんだ」楓は、目を伏せようとしたが、思い直したように、こちらを見る目をそらさずにいた。「こんなの初めてなんだ。最初は一目ぼれだった。でも、それだけじゃない、どんどん君にひかれていく」少し悲しそうに、眩しそうに目を細め、楓は下に目をそらした。「楓が、全くそんな気持ちないの、分かってるよ。俺に限らず、誰とも恋愛なんて出来る状態じゃないってことも。だから、気持ちをこんな風に伝えるつもりはなかった、本当は。それでもいいと思ってたんだ。楓と少しでも、つながっていられるなら。楓と会えて、時々こうして、一緒にどこかに出かけたりする関係でいられるなら、それでも十分だなって。」俺は続けた。「だけど、俺の考えすぎじゃなければ、どうも、雲行きが怪しそう」自嘲気味に笑って言うと、楓も少し肩を揺らした。思い直したように、顔をあげ、メモを手に取った。『悠斗は、とっても素敵な人だと思う。とても心があったかくて、優しいし、思いやりもあって、そして何よりかっこいいし。』『こんな私のこと、とても大事にしてくれて。少し一緒にいただけだけど、すごく居心地がよかったわ。悟が死んでから、新しく知り合った人と、こんな風にでかけるなんてこと、考えられなかった、あなたに会うまでは。』『夕べも、本当は星空を見ながら泣いてたの。悟のこと、少しでも思い出すだけで、私はぐちゃぐちゃになるの。辛くて辛くて仕方ない。ずっとずっと泣いてたわ。いつもは、ただ過去に飲まれて泣き続けて終わるの』『そのときに悠斗からメールが来た。なぜか急に、もう過去から逃げるのはやめようという気持ちになれたわ。ただおびえて飲まれるだけじゃなくって、怖がるだけじゃなくって、少しでも立ち向かおうって』そこで、楓は少し迷いながら、『ひょっとしたら、自分でも気づかないうちに、悠斗のこと、好きになりかけていたのかも。だから、急にそんな風に前向きになったのかも。私だって、一目ぼれだったのかもしれない。』俺はどきっとした。1枚書くたびにメモを破りこちらに渡して、書き続けていた楓は少し手を止めてこちらを見ていた。俺は読み終えてうなずいて、「だけど?」と、楓にそっと言ってみる。楓は、少し迷いながら、続けた。『だけど、私、本当に、もう2度と誰とも、恋愛なんてできないと思う。悠斗みたいな人が、私を好きになってくれるなんて、夢みたいな話だけど、受け入れられない。』『悟は私の全てだった。生まれたときからっていっていいくらい幼い頃からそばにいて、物心ついたときから好きだったわ。私はとにかく無防備に、ただ、心から好きだったの』『だからこそ、誰かをあんな風に好きになるの、想像するだけで、ひどく怖いの。もう、あんな風に、失うのは嫌。こんな風に、1人で残されるのは嫌』『夕べは、過去を乗り越えようと、強く変わろうと思ったし、やり遂げられると思ったけど、やっぱり自信がないわ』楓は書きながら、感情が高ぶっていくのか、少し震えているようだった。全てを吐き出させようと、俺は何もいわず、続きを待つ。『それに、謙吾のことも。さっきは、うまくいえなかったけれど、謙吾のこと、よく知ってる。悟が死んだ後、私、彼にひどいことをして、傷つけてそれっきりなの。』『悠斗も、そのこと知ったら、私のこと軽蔑すると思うわ。私のこと、もしあきらめられないなんてことがあったら、謙吾に、そのこと聞いてくれたら、一瞬で冷めると思う。なんなら、私が、今、話してもいいんだけど』そこで、楓のペンは止まった。泣き出しそうな横顔をしている。俺は、思わず、楓を抱き寄せていた。 ← クリックしてくださると励みになります。