|
テーマ:愛犬のいる生活(77225)
カテゴリ:シーズーの愛犬ジャッキー
お父さんの相手をしない継続中の僕 お早う御座います。再び亀山築城です。 お父さんの相手をしない継続中の僕 今朝もジャッキーが相手をしてくれず・・・(ジャッキーは「絶対に逆だ!」と言っていますが)・・・。 そこで今日もジャッキーの日記ではありません。 9月15日に前回の記事を書いてから、パソコンに向かったままテレビが点いていました。 教育テレビ(現在はEテレ←?)が延々と放送を続けています。 お昼も過ぎて13時になると、ふと懐かしい顔が!! こころの時代「”ふがいない自分”と生きる シスター渡辺和子」・・・・。 学校法人ノートルダム清心学園の理事長で、私が接していた頃は岡山のノートルダム清心女子大学の学長でした。 前回の記事では懐かしい「Sisterお婆ちゃん」を思い出して記事を書きましたが、同じ日に図らずも懐かしいシスターの顔を見るとは思っていませんでした。 今から約三十五年前の頃ですから、当時と比べるとお年を召されているなと感じました。(私も同様に年をとっていますが) ノートルダム清心女子大学とは私だけでなく、私の姉も在学していたので関係の深い修道会です。 フィリピン人のシスターお婆ちゃんにとても私と家族たちを可愛がって貰ったと前回の記事で書きましたが、シスター渡辺和子(私たちは彼女を「シスター・セント・ジョン」と呼ぶ)にも私は大事にして貰っていました。 或る時、大学の女子寮と接続している大学学舎の階段を上っている時、男性の教授とすれ違いました。 「ここは男性は入ったらいけないところです!直ぐに退去して下さい!」 と血相になって私に言って来ます。 「クビリー修道院長=シスター渡辺和子と岡山修道院長=シスター??から許可を貰っている○○です。」 私の返答に、ふと私の名を思い出したのか、 「ご無礼を申し上げ大変失礼致しました。」 とその場から去って行きます。 当時の私は、カトリック教会の中で特殊な地位に居ましたので、シスター渡辺和子やシスターお婆ちゃんからも大事にされて居たのです。 いろいろと大病を患われたのか、薬の副作用で背が14cmも低くなったとの事、知らなかったとは云えお見舞いに行っていないのを悔やみました。 そう云えば、カトリック教会の中で一番権威のある修道会が、聖ベネディクト修道会ですが、その中の厳律シトー会(トラピスチン)の大院長様にも子供のように可愛がって貰っていたのを思い出します。 独身時代も何回も修道院へ行っては、一週間ほどの観想(カトリックの修行の様な行為)を行っていました。 新婚旅行の時に嫁はんを連れて行くと、大院長様は本当に大喜びをして歓迎して呉れました。 信者でも入ることが出来ない「囲い」の中へも、私が独身時代の時のように入れて貰えました。 嫁はんは成人洗礼組(大きくなってから洗礼を受けた)ので、「囲い=禁域」の中へ入れることがどのような事かも判っていないようでしたが・・・。 嫁はんにとっては最初の大修道院での宿泊とそこでの生活になります。 大院長様も・・・この世に居られませんが、きっと私の家族、特に子供たちの為に天国で祈って下さっていると思います。 一昨日はひょんな事から大昔の懐かしい思い出を次々と懐かしく感じていたのでした。 代筆者:お父さん お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Sep 30, 2012 06:04:51 PM
[シーズーの愛犬ジャッキー] カテゴリの最新記事
|