[ 2318 ] 大器をもって安定した精神状態での交流ができる
この世に生きる人間として、生活するすべての因果は、自己起因であることを理解して、どんな対応をする中でも、どんな結果になろうとも、どんな環境下でもそのすべては因果応報になることを知らなければならない。あくまでも人と人との接点が基本であれば、その人との出会いから始まって、時間経過の中での交流があって、ここからは機縁が強く関係するのだろうから、様々な友愛関係が醸し出されてくる。どんな人でも最初から順調に噛みあって、すばらしい効果を生み出してくれることは僅かであるし、深く強い人間関係を構築させるまでは、沢山の時間経過が必要になってくる。できるだけ資質を高める人的交流が深まることを願っても、相手がいることとて、お互いが互恵の関係にこころを許しあう必要があるなか、その理解度をどの様に改善させ増幅させるかは、その人の心の持ち方によって変わる。御互いに欲もあり意地もあり、見栄もある関係の中で、如何に素直な心を表現させて、許しあえる心境になれるかが、その人の成長度であり器量の大きさになる。すべてに順調な時ばかりではなく、時として不具合のあることもあり、そんな時にこそ、その人の持つ価値と、人となりが分ってしまう機会であり、いかなる人の器量が持ち合わせているかが如実にわかる。年齢もありキャリアもあり、そのすべてが一応の判断ではできないが、横暴な性格を持つ性格の人ほど精神的にか細く貧相な心の持ち主のようである。大人とは、すべての起因を自分のものとして受け止めて、決して人さまを誹謗中傷しないことが基本であると思うし、少しでも人様の為になれる意志と実践を心掛けてみたい。日々の日常の中で、とかく精神的に不安定になっている時に、こうした横暴な判断で人を安易に批判し時に非難してしまうが、精神的に不安定になり興奮をする時にこそ、如何に冷静に自身を抑制することができるようにすべきだ。情けは人の為ならずと言われているが、人様の身を思い身になって思いや得れることを心掛けることで、いずれは理解されて人の温もりが大きな花を咲かすことを、絶対の価値としてもちたいもの。大器をもって安定した精神状態での交流ができるように、心からの期待感をもって、自分自身を成長させることに人様への支援ができることを確信するし、積極的な自己研鑽ができる人が最善となってくる。小心な心がけをしてこそ、大人の心情が理解できるものだから、豊かな心がけを絶やすことなく、先ずは人様の幸福と情愛をできるように理解していきたいし、謙虚で堅実に普遍性をもって生きていきたい。