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August 28, 2023
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世界市民の連帯で人類史の夜明けを

中国・復旦大学198469

人間こそ歴史創出の主役

私は数日前、北京大学において、「平和の王道――私の一考察」と題して、講演を行ってまいりました。

引き続き、この八十年近くの伝統ある復旦大学においても、このような機会を与えられたことは、誠に光栄であり、名誉学長の蘇歩青先生、また学長の謝希徳先生はアメリカを訪問されているとうかがっておりますが、ご列席の諸先生方、学生の皆様に心から感謝申し上げるものであります。

北京大学での講演では、中国文明の〝尚文〟の伝統が、戦争や武力の行使に走りがちな傾向を抑制する力をもたらす伝統的な思考様式を加えさせていただきました。

そこで今回はテーマをしぼり、私が最も注目しながら、北京大学ではほとんど触れることのできなかった歴史館の問題、人間の生き方にいかなる意味を持つのかという点について、若干申し上げたいと思います。

さて、歴史に対する関心の深さという点では、中国は、世界に冠たる存在であります。同じ東洋でありながら、例えばインドなどの歴史への無関心とは、あまりにも対照的であります。

古来、中国の人々は執拗なまでの関心と努力を払って、歴史上の出来事を文物に書きとどめていきました。書物の多いことをさして「汗牛充棟」――重さは牛が引いても汗をかくほどで、かさは棟につかえる――という言葉がありますが、中国の史書の類はまさに「汗牛充棟」そのものであります。

また、中国にあっては「温故知新」――故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、あるいは「借庫説今」――古を借りていまを説く、などの諺が、長年、尊重されてきました。

それらは、歴史というものが、現在を映しだす鏡として、また、現代を照らし出す光源として受け止められてきた証左と考えられるのであります。

新中国における歴史観については、私は詳しく知りません。たしかに革命後の中国で、あらゆる分野で、人民大衆が原点に据えられており、故・毛沢東住席が話された「人民、ただ人民だけが、世界の歴史を創造する原動力である」(毛沢東選集刊行会編訳『毛沢東選集』7、三一書房)という歴史観のうえに立って、大衆に奉仕する〝民衆史観〟ともいうべき構造をとっているように思えてなりません。その点、堯帝や舜帝の神話時代を最高の範とする、いわば〝帝王史観〟が主流をなしてきた、儒家流の伝統的な歴史館とは、明確なる一線を画していることと思われます。

とともに、歴史意識の深層に、数千年間にわたって蓄えられてきた伝統は、良い意味でも悪い意味でも、そう簡単に変わるとは思われません。だからこそ、その真相を凝視した魯迅は、人間が人間を食う――〝食人〟という着想から、人間変革の困難さと重要性の訴えたのでありました。

私の着眼からするならば、歴史を尊び、歴史的経験を鏡とも光源としても、現在を生き未来を方向づけていくという、良い意味での伝統的な歴史意識は、数千年という長きにわたって、今なお脈々と息づいているように思えてならないのであります。

貴国の文物や人々のスピーチには、しばしば古典からの的を射た引用がなされていて、いつも私は感心させられますが、それは、歴史がある種の教訓性をはらみつつ、現在に生きていることを物語っていると思えてならないのであります。

ところで、そのような歴史の捉え方は、十八世紀以降のヨーロッパ、とくに十九世紀の歴史主義の潮流の中では、はっきりとした輪郭を与えられた歴史観や歴史意識とは明らかに異質なものであります。

たしかに歴史主義の潮流は、実証性や客観性という点で、一定の成果を収めてきたと思われます。

しかし、そこで何よりも重視されたのは、歴史を客体化して、自然と同じように客観的考察の対象とする、学としての整合性でありました。その結果、歴史そのものが、ある種の法則性を帯び、人間との生き生きとした関係を断って、独り歩きを始めたわけであります。

ヨーロッパ近代文明の危機を鋭く予見した、かのドイツのニーチェは「われわれは歴史を生と行動のために使用するのであって、生と行動からの安易な離反のために使用するのではなく、また我欲的生と怯懦な卑劣な行動を曲飾するために使用するのでは全然ない」(『反時代的考察』小倉志祥訳、『ニーチェ全集』4所収、思想社)と言っております。

ニーチェの言う「生」とは「人間」と置き換えることができると思います。歴史観のみが独り歩きし「生」や「人間」が、それを生みだした主役でありながら、かえってわき役に追いやられている主客転動こそ、ニーチェの攻撃してやまないものでありました。

歴史がよりよき現在と未来のための、つまり「生」と「人間」のための糧とされてきた中国の歴史意識は、そうしたニーチェの攻撃とは、無縁の次元に位置していると思います。司馬遷に象徴されるように、中国の歴史への関心のあり方は、冷たい客観的な法則性を追うのではなく、人間がいかにしていくべきかという激しい主体的、倫理的問いかけを、常にはらんでいたのであります。

『史記』の中の有名な一節を取り上げてみたいと思います。これを読むと私は、常に勇気と感動にあふれるのであります。

「周の文王が殷の紂のため捕らわれの身となったとき『周易』を著わし、孔子がわが道のおこなわれざることを知って『春秋』を作り、屈原が楚王に追放せられて『離騒の詩』をうたいあげ、左丘が盲目となって『国語』を製し、孫子が脚切りの刑にかかって兵法を編集し、呂不韋が蜀に流されてから『呂氏春秋』を伝え、韓非子は秦始皇に囚えられてから『説難』『孤憤』を書いた。美しい『詩』の三百篇すら、聖人賢者が時勢に概してうたったものが大部分を占めているのではないか」(貝塚茂樹『史記』中央公論社)とあります。

つまり、苦難や迫害こそ、すぐれた史書、文物を生み出す母体であったということであります。だからこそ歴史は、人々の幸福と不幸、喜びと悲しみ、善と悪――総じて人間の運命への肺腑を突くような問いかけとなったわけであります。それはまた、大著『史記』を著す司馬遷のモチーフでもあったわけであります。

歴史が人間の運命への問いかけであるということは、歴史的記述といえども人間の外にあるのではなく、常に内面にあるということと考えられます。

極論すれば、歴史は即自分史であるといえると思うのであります。そこには、一切の運命をわが身に受け止め、毅然としてたじろがぬ一個の自立した人間像が浮かび上がってきます。

仏法に「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(全五六三・新七一三)という言葉があります。八万四千とは、具体的な数ではなく、多数を意味し、「八万四千の法蔵」とは、釈尊が一生の間に説いたすべての法門をさします。その膨大な法門の一切が「我身一人の日記文書」、すなわち、一個の人間生命の働きとして考えられているのであります。次元は違いますが、ここでもまた、毀誉褒貶にながされるのではなく、雄々しく運命に立ち向かいゆく、自立の人間観、世界観の確立が促されているのであります。

ともあれ、歴史の流れは、一刻もとどまってはいません。貴国の大詩人・李白の言葉を借りれば、「天地は万物の逆旅にして光陰は百代の過客」であります。

人間とりわけ民衆が、脇役に甘んじてきた歴史に、一日も早く終止符を打たなければなりません。それには〝タテ〟に自立の人間像を掘り下げ、確立するとともに、〝ヨコ〟には、そうした人間と人間とを結ぶ世界市民の連帯の波を、千差万別と広げていかなければなりません。

時代の急速な流れは、〝宇宙船地球号〟の時代を迎え、世界はあらゆる意味で緊密な一体化を強めつつあります。中国の歴史であれ、日本の歴史であれ、世界史の運命と切り離しては考えられないのが現代の状況であります。

明暗のめまぐるしく交差する歴史の流れを、希望あふれる世紀へと切り開いていくには、人間こそ主役であるという歴史観の確立が必要であります。

それとともに、宇宙船地球号という世界市民の連帯が必要になってきたことを、お互いに確認する時代に入ったことを強く自覚していかねばならないと思うのであります。

最後に、今までも、またこれからも、中国そして世界の逸材を八十年近く生み出してこられた復旦大学のますますの大興隆を、切に切にお祈り申し上げ、私のつたない話とさせていただきます。

 

 

 

【創造する希望「池田先生の大学・学術機関講演に学ぶ」】創価新報2022.4.20






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Last updated  August 28, 2023 05:30:17 AM
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