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May 7, 2024
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カテゴリ:抜き書き

日蓮の戦略

日蓮は、不正や間違ったことを見て、黙っておれない人であったのだろう。これまでも、教理の両親を世話し、日蓮自身をも支援していた安房国の東条郷の領家(荘園制度の領主)の尼が、地頭の東条景信に領地を横領されようとしたのを聞きつけ、裁判でそれを阻止したこともあった。領家の尼は、三代執権・北条泰時の弟・名越朝時の妻であったので名越の尼とも呼ばれる。

地頭は、平安・鎌倉時代に荘園を管理し、税金を取り立てる役人であったが、「泣く子と地頭には勝てぬ」という諺が生まれるほどに、権力を振りかざして横暴を働いていた。地頭による荘園の略奪に対抗する手段として、「半分あげるから、残り半分は勘弁を」(下地中分)といった妥協策がとられるほど全国的な問題であった。

日蓮は、そのような地頭・東条景信を相手に、一年近くにわたって裁判の場に臨んで完全勝訴に導き、領家の尼の荘園をそっくり守りきった。

このように裁判闘争にも勝利する日蓮は、『頼基陳状』のもっとも効果的な提出の仕方まで四条金吾に指示している。騒ぎに騒がせておいて、「陳情は書き上げてあっていつでも提出できる」と知人らに語らせ、公開の陳情の形にするよう指示したようだ。

ただ、陳情の結果が出るまでには時間がかかる。直ちに対応すべきことは、御内からの追放と、所領の没収という問題である。まず、押さえておくべき心情として、わずかの二カ所の所領に執着しない、②たとえ乞食になったとしても『法華経』にはきずをつけない――この二点であった。『法華経』にきずをつけないということは自らの生き方の原点、よりどころ、信条としての『法華経』を放棄しないということである。この二つの姿勢に立てば、たとえ所領を没収され、御内を追い出されたとしてもそれは十羅刹女の計らいであって、その時は悪い結果に見えても、後になってそれがよかったと分かることがある――という大きな視点に立つことを押さえさせた。

その上で、結果的に御内を追い出され、所領を没収されることになるとしても、自分からそのことを認めるようなことを言い出してはならないと忠告した。日蓮は、所領の問題を担当する奉行人との交渉で、決して後手の守りになることなく、先手の攻めに徹するように話の進め方を教示しているのが読み取れる。そのためには、少しも相手に媚び諂う態度を取らない。毅然としていることが大事であり、絶対にこちらから所領は入りませんと言ってはならないということだ。日蓮は、四条金吾の短気な性格から、「そこまで言われてまで、そんな所領なんかいるもんか」と口にしてしまうことを最も心配している。所領に執着心を持たないことはいいとしても、それをこちらから言ってしまったら、向こうのペースで話が進んでしまうからだ。

その先手の第一手が『法華経』「自分から御内を出て、所領を返上しるわけにはまいりません」であった。第二手が、「『法華経』の信仰の故に主君に没収されるのだから、それは『法華経』に対する布施になることであり、幸いなことです」と声高に言い切ること。その時、決して奉行人に諂ってはならない。第三手が「この所領は、主君にもらったのではなく、主君の思い病を『法華経』という妙薬によって助けたことでいただいた所領です。その所領を没収するならば、その病が再び戻ってくることでしょう。その時、私に詫び状を書かれても、私に知ったことではありません」と当てつけるように、憎々しげに捨て台詞をはいて帰ってくることであった。先手の連続である。

何も悪いことをしていないのだから、悪びれる必要もなければ、媚び諂う必要もない。「当てつけのように、憎々しげに捨て台詞をはいて帰って来い」という言葉に正しいことを信念をもって堂々と主張する日蓮の誇り高い精神が垣間見られて共感を覚える。

このように読んでくると、日蓮は世間知らずの僧侶などとは程遠く、正義感に燃える〝戦略家〟としての一面も見えてくる。



 

【日蓮の手紙】植木雅俊訳・解説/角川文庫






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Last updated  May 7, 2024 04:40:23 PM
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