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カテゴリ:社会
大学入試の人種考慮に米最高裁が違憲判決 慶應義塾大学 渡辺 靖 教授 積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)めぐり揺れる社会 米国の連邦最高裁判所は6月29日、大学の入試選考で人種を考慮する「アファーティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を違憲と判断しました。人種の多様性を確保しようとする45年前の憲法判断が覆されたことで、米国社会に、どのような影響をもたらすと考えられているのか。複雑な人種問題を抱える社会の現状と併せて、米国研究の第一人者である渡辺靖・慶応義塾大学教授に語ってもらいました。(聞き手=光澤昭義記者)
9州の公立大では禁止 ——1960年代以降、米国の大学入学者選抜は「多様性を確保する」との観点から、マイノリティー(人種的少数派)である黒人やヒスパニック(中南米系)の出願者が優遇されてきましたが、大きな転換点を迎えてきました。判決に対し、「最高裁の判断に強く反対する」(バイデン大統領)といった批判や懸念の声が広がる一方、「目覚ましい能力のある人々がやっと報われる」(トランプ前大統領)との意見もあり、米社会が揺れています。
渡辺靖教授●アファーティブ・アクションは「逆差別」ではないかという反発は、白人からずっと続いていました。 既に9州の公立大学では、入試における人種考慮を禁止しています。代表的な例として、カルフォルニア州では1996年、この制度の廃止を住民投票で決めました。 (保守のみならず)リベラルの側にも、アファーティブ・アクションの措置を見直す時期に来ているという声がありましたが、人種を考慮すること自体が、法の下の平等を定めた憲法に違反するとした今回の判決のインパクトは大きかったといえます。 米国社会では、少数派の権利を認めることが多様性を重んじることだと信じられてきましたが、人種を重視しすぎたのではないかという〝揺り戻し〟が起きたのでしょう。
——米国には、人種差別の解消に努めてきた長い歴史があります。
渡辺●2008年、黒人のオバマ氏が大統領選に勝利したことで、米国は人種問題を克服したのではないかと強く印象を受けました。「ポスト・レイシャル(人権問題以降)」の言葉に象徴されるように、社会の在り方や政策を考える際、人種に固執する必要はないだろうとの風潮が広がり、オバマ大統領も黒人であることを前面に出さなかった。 今では社会で活躍する黒人やヒスパニックが増えており、その流れの中で、大学入試の人種優遇措置は、その時代的な使命を終えたのではないかという見方があります。
——今回の訴訟は、アジア系や白人の学生らを組織した非営利団体が、ハーバード大学とノースキャロライナ大学に対して起こしました。
渡辺●大学側がアジア系に対して不当に高いハードルを要求し、事実上の人種割り当て措置を採用しているという主張でしたが、実際に、違憲判決によって大きな利益を得るのは、国内の人口比率が高い白人でしょう。この団体を設立したのは、公民権拡大の礎となった投票権法やアファーティブ・アクションの徹底を要求してきた白人の男性です。訴訟の背景には保守派の動きがあったという批判が出るとともに、多様化した社会に逆境するという懸念も強まっているのです。
多様性の確保に影響も ——今後、どのような影響が出ると考えますか。
渡辺●是正措置を設けてきた各大学では、白人やアジア系の入学者が増え、黒人、ヒスパニックが大幅に減少する可能性があります。実際、カルフォルニア大学では、制度廃止の後、黒人やヒスパニックの入学者数が半分に減りました。 米国では、日本以上に高学歴社会です。ある調査によれば、米国の大学進学率(短期大学を含む)は約88%。当然、彼らのキャリア形成にも影響が及ぶことは間違いないでしょう。また、企業の採用や昇進においても、人種の多様性を確保するのが難しくなる可能性があります。 中長期的に見れば、企業のリーダー、政治家などの中に、黒人・ヒスパニックの割合が経ていくことが考えられるのです。
——大学側は何かの対策を講ずるのでしょうか。
渡辺●ハーバード大学のクローディング・ゲイ学長は声明の中で、「多様性がある知性のコミュニティーが、群を抜いて優れた学問には不可欠」と述べ、従来の価値観を変えない姿勢を示しました。おそらく、人種と相関関係にある「所得」や「居住地域」を考慮することで、多様性の維持を図るのではないでしょうか。
——先月、米国のテレビ局などが行った世論調査によれば「アファーティブ・アクションを続けるべきか」との質問に53%が賛同した一方、「大学の入試選抜で人種を考慮することが認められるべきか」との問いには「認めるべきではない」が70%を占めたといいます。
渡辺●何も是正策を論じなければ、大学の入試選考が裕福な家庭にとって有利になることは確かです。経済的に豊かな親は、子供に家庭教師をつけたり、海外でのボランティアに従事させたりと、入学選考のプラスになる体験を積ませることができる。そうした格差の是正を支持する人は多いでしょう。 また、米国において人種差別が問題だと考える人は9割以上になります。今の問題は、リベラル派、保守派のそれぞれで、差別への見方が全く異なることです。リベラル派は、人種の多様化を一層進めるべきであり、それにはアファーティブ・アクションが必要だとする考え方です。それに対し、保守派は、自分たちこそが差別を受けているのであり、人種を考慮しない入学選考には賛成するという立場です。 個人レベルの話でいえば、黒人やヒスパニックの子どもが学校内で悪さをしたとき、白人の親が注意すると、人種差別だと指摘されかねず、白人側には不公平感が募っています。人種について何かを発現することすらリスクを覚える。社会の原則に「機会の平等」になっているのではないか——今回の違憲判決は、そうした〝声なき大衆〟の琴線に触れやすかったといえます。
複雑で見えにくい構造 ——マイノリティーがマイノリティーを差別する構図も、米国の社会における深刻な課題だと思います。
渡辺●1991年、黒人の青年がロサンゼルス市警の白人警官に殴打される事件が起きました。翌年、陪審員が警官に無罪判決を下したことを契機に、黒人の抗議デモが生じ、大規模な暴動に発展。このとき、多くの黒人がコリアタウン(韓国人街)で放火や略奪を行いました。黒人側にとっては、白人が憎い一方、仕事を奪ているのは韓国系だという見識が強かったのです。 2020年、中西部ミネソタ州で黒人の男性が白人警察官に拘束され、死亡した事件では、黒人男性を押さえつける現場の周りをガードしていた警官の一人のルーツが、モン族(ラオスの少数民族)だったことも話題となりました。 少数派同氏は〝競合関係〟にあることから。一層反目しあうという面があります。とりわけ、アジア系は教育水準、所得が高く、白人からもモデル・マイノリティーと呼ばれている。アジア系をたたえることで、黒人やヒスパニックへの差別を助長しているわけです。 露骨な暴力、差別ではない、マイノリティー間の「見えにくい差別」は、米国社会の差別を助長祖しているわけです。
——連邦最高裁では〝保守寄りの判断〟が続いているといわれています。6月末、バイデン政権の打ち出した学生ローン返済の減免措置を無効とする判決を下しました。昨年には、人工中絶を憲法上の権利と認めた1973年の判決を覆しています。
渡辺●その背景として、最高裁判事の構成が挙げられます。判事9人のうち、現在は保守系が6人、リベラル派が3人。判事は終身制で、大統領が指名し、上院の承認を経て任命されます。トランプ大統領の時代には3人の判事が交代しましたが、判事の紺的な資質より、イデオロギー的な立場が優先させた印象を受けます。 判事の枠を増やすことを提案するリベラル派もいますが、バイデン大統領は四方を政治闘争の場にしないよう。消極的な姿勢をとっています。 そうした中、最高裁は、先月、何無アラバマ州で黒人が多い地域に二つ目の選挙区を割り当てるよう求めた下級裁の決定を支持しました。共和党による区割り策定を退けたわけですが、ジョン・ロバーツ長官ら一部の保守派判事がリベラル派と多数派を形成したことが注目されました。 社会を安定化し、民主主義を守るには、党派色を帯びない司法裁判所によって、最高裁の正当性を維持することが重要なのです。
わたなべ・やすし 1967年、北海道生まれ。97年、米ハーバード大学大学院で博士号を取得(社会人類学)。オックスフォード大学シニア・アソシエート、ケンブリッジ大学フェローなどを経て現職。現在、米国研究、文化政策の専門家として、政府機関のアドバイス等にも携わる。著書に『文化と外交』『白人ナショナリズム』『アメリカとは何か 自画像と世界観をめぐる相剋』など。
【オピニオン】聖教新聞2023.7.31 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 22, 2024 05:05:10 PM
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