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カテゴリ:社会
緊張が高まる東アジア情勢 広島私立大学・広島平和研究所 吉川 元 特任教授 多国間協調枠組みの確立が必要 危うい勢力均衡の安定 ——今年6月から7月にかけて、米国のブリンケン国務長官、イエレン財務長官が相次いで訪中し、中国との関係改善に向けた外交姿勢を示しました。今月18日には、日本・米国・韓国の首脳会談がワシントンDC 郊外のキャンプデービットで行われ、東アジアの秩序安定が焦点になりました。
吉川元・特任教授●東アジアの安全保障環境は今、いつ何が起きてもおかしくない危険な状況です。その理由として、アジアの国際関係が「勢力均衡システム」を特徴としていることが挙げられます。これは、軍事力の近郊によって、過労いて平和を維持する古典的な仕組みであり、軍拡競争を招くことになるのです。 近年、中国の軍事力が一段と増強されています。地域別軍事費動向を見れば、中国、日本、韓国を含む東アジアの総額は、米国・カナダの北米地域に次いで2番目であり、すでに欧州全体を上回っています。 しかも、東アジア地域の安全保障に深くかかわる米国、ロシア、中国、北朝鮮の4か国が核兵器を保有しえいるのです。
——北朝鮮のミサイル問題も深刻な課題の一つです。
吉川●北朝鮮の国営メディアによれば、北朝鮮は新型SLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)の開発に成功したといいます。米国は、一線を越えたと判断したのでしょう。 金正恩の個人独裁体制の北朝鮮は、現体制の安全・維持の保証を得ようと、核・ミサイル開発を強力に推進しています。 昨年3月、韓国で尹錫悦大統領が誕生し、日本と韓国の関係は改善されています。日本・米国・韓国の3カ国で連携し、北朝鮮の動きを抑え込むことになるでしょう。
——どのような平和創造の処方が考えられますか。
吉川●第1次世界大戦以降、国際平和への取り組みは、長い歳月をかけて推進されてきました。例えば、①戦争の違法化、武力行使の禁止原則、②軍縮・軍備管理に関する国際条約、③ユネスコ(国連教育科学文化機関)に代表される友好・相互理解の促進④WTO(世界貿易機関)に発展した経済相互既存関係⑤集団安全保障体制——など、戦争・紛争の抑止策が講じられ、一定の成果を上げているものの、決して十分ではありません。 唯一の成功例としては、欧州の共同体アプローチが挙げられます。EU(欧州連合)によって、通貨や経済が統合され、人の移動も自由となった。今では、EU機内の国同士で武力行使に訴えることは不可能になったといえます。
OSCE(欧州安全保障協力機構)の成功と失敗 ——OSCEも、地域の安全保障に大きな役割を果たしました。
吉川●その通りです。OSCEは、法の支配・民主主義・人権・自由の尊重を軸とするグッドガバナンス(良い統治)の規範の拡大に貢献したのです。 東西冷戦が終結した後、東欧の国々、バルト三国(ソ連から独立したエストニア、ラトビア、リトリニア)では、旧体制時代の人権侵害の責任者を訴追するとともに、秘密警察の職員と、これに加担したものの名簿を公開。そのファイナルへのアクセスの自由も保証しました。東欧諸国はOSCEの強力な支援を受け、こうした民主化・自由化への「移行期正義」を実施したのです。 また、旧体制下の共産党指導者や秘密警察職員を公職追放する「浄化」も徹底された。それを積極的に推進したチェコスロバキアでは、42万人以上が公民権を停止されました。第2次世界大戦後の日本で、公職追放された人数が約20万だったことに比べ、いかに多いかが分かります。 この過程に経て、東欧・バルトの国々は、欧州協議会やEU、NATO(北大西洋条約機構)への加盟が認められたのです。
——ロシアもOSCEのメンバーです。
吉川●96年2月、欧州協議会は特に厳しい条件で、ロシアの加盟を認めます。6月に「旧共産主義の全体主義体制解体措置」を決議し、移行期正義と浄化の徹底を要請すると、ロシアは民主化・自由化に逆行していきます。 エリツィン大統領の時代には、新興財閥「オルガルヒ」が台頭し、寡頭政治に傾いていく。2000年にプーチン大統領が誕生すると、旧KGB(国家安全保障委員会)や軍の将校などを中心とした「シロビキ」と称される集団が政府の要職に抜擢され、プーチン体制を支えていくのです。
——ロシアによるウクライナ侵攻から間もなく1年半を迎えます。ロシアにとって、NATOの「東方拡大」が脅威になったといわれます。
吉川●大きな転換の一つは、1999年のコソボ紛争でした。 90年代を通じ、OSCE加盟国では、OSCEを中心にして新しい欧州を目指すことが共通認識になっていた。「OSCEファースト(第一)」という言葉も生まれた。ところが、コソボ紛争では、OSCE主導の解決ではなく、NATOが国連安保理を無視して「人道目的」で非互助型の武力介入を実行しました。 同じ年、OSCEの安全保障概念を定めた「欧州安全保障憲章」が採択されましたが、この内容も、ロシアが主張するOSCE第一ではなかった。この後、NATOの東方拡大が進み、2004年には、冷戦期の東側軍事同盟・ワルシャワ条約機構の旧東欧諸国全てがNATOに加盟。プーチン大統領は激怒したといいます。 協調的安全保障のプラットフォーム(基盤)であったOSCEの中で、ロシアは次第に孤立し、安全保障上の脅威認識を求めていったのです。
非軍事分野から協力を ——EUやOSCEを先例とし、東アジア地域の安定に生かすことは可能でしょうか。
吉川●EUのような共同体は理想ですが、今は現実的ではありません。 東アジアの国際関係は今も、冷戦時代の基本構造である、米国と核国の2国間条約を中心としたハブ・アンド・スポークス体制(中心拠点〈ハブ〉とそこから伸びる拠点〈スポーク〉によって構成される仕組み)が特徴です。冷戦期のイデオロギー対立も残っています。 また、中国、北朝鮮は国内の懸案事項に対し、国際社会が干渉することを断固拒否します。多国間の安全保障制度を確立することも困難な状況ですが、それを実現できなければ、日本と韓国の安全保障政策は、経済発展のために中国を選ぶか、国家安全保障のために米国との関係を継続するかの岐路に立たされることになるでしょう。
——どのような取り組みが可能でしょうか。
吉川●現在、気候変動、環境危機、災害といったグローバルな危機が深刻化しています。そうした非軍事的な分野での相互に協力する体制を構築することは可能でしょう。非伝統的な領域をテーマとして、政治対話フォーラムを始めることも一つです。 また、偶発的な武力衝突が起きないように、信頼醸成措置を講ずることが重要だと考えます。OSCEの前身であるCSCE(全欧安全保障協力会議)では、1975年に「ヘルシンキ宣言」が採択され、信頼醸成措置の取り組みを明確化しました。具体的には、軍の演習や移動に関する透明性を確保するとともに、それに違反する疑いがある場合には、「現地査察を受け入れることを義務付けました。それによって、参加国の間に安心感が生まれ、欧州の分断状況も克服されていったのです。
——唯一の戦争被爆国・日本は、いかなる役割を果たすべきですか。
吉川●今年5月、G7サミット(主要7カ国首脳会議)が広島市内で開催された際、G7首脳が原爆資料館を見学しました。カナダのトルドー首相は、滞日期間中、再び資料館を訪れています。核軍縮に関する合意文書「広島ビジョン」は核抑止論を前提にしており、残念ながら各なき平和の展望は見えません。しかし、世界の指導者が被爆の実相に触れることで、時が経つにつれ、「軍事力によらない平和」への国際世論の形成に貢献すると期待しています。 平和の尊さを世界に訴えることは、日本が担うべき未来への責任だと考えます。
取材メモ 1987年、当時のゴルバチョフ書記長は演説の中で「欧州共通の家(共同体)」構想を提唱した。「90年代までは、ロシアが欧州評議会、EUに入ることを望んでいた。欧州が一つになるという夢がありました」と吉川教授。
【オピニオン】聖教新聞2023.8.21 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 5, 2024 05:38:07 AM
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