「人の営み」描いた――池波正太郎 生誕100年
「人の営み」描いた――池波正太郎 生誕100年江戸情緒と庶民の哀歓今年は、時代小説を中心に人々の哀歓を描いた池波正太郎の生誕100年に当たる。池波正太郎といえば、何度もドラマや映画になった『仕掛け人・藤枝梅安』や『鬼平犯科帳』、『剣客商売』のいわゆる3代シリーズで知られるが、『真田太平記』や『雲霧仁左衛門』などの長編小説。歴史上の人物だけでなく市井の庶民や下級武士などを描いた短編小説も数多い。ダンディズムあふれる含蓄深いエッセーも魅力だ。昨年末にはNHKが生誕100年を記念し晩年の大作『まんぞくまんぞく』を若手実力俳優陣でドラマ化し、池波人気の健在ぶりを示した。東京都台東区は区立中央図書館内に「池波正太郎記念文庫」と設けている。遺品や原稿、台本、絵画などを展示し、区民や今なお多いファンに親しまれている。『真田太平記』の舞台となった長野県上田市には、「池波正太郎真田太平記館」もある。池波は1923(大正12)年、東京・浅草の生まれ。小学校を出ると、株式売買の使い走りとして社会に出た。幼少期に人情味と江戸情緒のある東京の下町で過ごしたことに加え、〝株屋の小僧〟として、さまざまな階層の人々と接したことが、後の創作に大きな影響を及ぼした。池波自身は「私の故郷は誰がなんといっても浅草と上野なのである」と語っている。戦後、都の職員として下谷区役所(現・台東区役所)に努めながら戯曲などの習作を始めた池波は、『一本刀土俵入』をはじめいわゆる〝股旅物〟の小説や戯曲で知られる長谷川伸に師事、創作活動に取り組んだ。時間に厳格で几帳面、原稿の締め切りも守った作家としての姿勢は、時間のない中、自らを鍛えた日々が形作ったのかもしれない。その後、60(昭和35)年に『錯乱』で直木賞を受賞し、その後3代シリーズなどで人気を不動のものに。77(昭和52)年には吉川英治文学賞を受賞、90(平成2)年に惜しまれながら67年の生涯を閉じた。池波正太郎記念文庫によれば、池波作品の普遍的なテーマは〝人の営み〟にあるという。 悪への怒り 大きな力に3代シリーズに即していえば、『鬼平犯科帳』の主人公・長谷川平蔵は江戸幕府の火付盗賊改方長官として実在した人物だ。正義感に富む一方で懐が深く、酸いも甘いもかみ分けた魅力ある理想的なリーダーと言える。『剣客商売』では一線を引き隠居生活を願っている主人公・秋山小兵衛が、さまざまなゆくたてから頼りにされた事件に巻き込まれてその解決を図るというヒューマンドラマが描かれる。『仕掛人・藤枝梅安』は、針医者を表の顔とする主人公が、裏では仕掛人という暗殺者。いいことをしながら悪いことをする矛盾を内包する〝性(さが)〟ともいうべき人間の不思議さを提示している。このことを池波は他の作品の登場人物にもしばしば言わせており、池波作品の大きな命題ともいえる。さらに、庶民のささやかな暮らしを踏みにじる理不尽な悪への怒りも作品のバックボーンになっている。池波正太郎記念文庫では今年一年をかけて、生誕100年を記念した展示や講演会、講座などを開催していく予定だ。 【文化】公明新聞2023.2.24