やっと…やっと母の退院が決まりました。

同じ胃ガンで同じ日に手術された方は術後３週間で退院されたのに、
結局母は、入院が３か月を過ぎてしまいました。

術後、回復するどころかどんどん衰弱していく母。
食べられる量が少しづつ増えていきますよ、と言う医師や看護士達の説明とは逆に
日が経つにつれ全く食事が採れなくなっていきました。
何とかもう少しでも食べさせよう、頑張れ、頑張れ、と励まして、一口でも多く、
と無理させていたのが逆に母にとってはどんなにつらい事だったか、
後になって知らされることになりました。

実は術後、母の胸には２リットルもの胸水が貯まっていたんです。
父が知り合いの医師にその原因を聞いたところ、
手術時の縫合部分が何らかの原因でほどけ、
そこから食べたものが外に出て炎症を起こしたとしか考えられない、との事でした。

手術の腕がどうのこうの、とは言いません。
でも、問題は医師が母の異変に気付くのがあまりにも遅すぎた、という事です。
我慢強い母が、主治医に何度も何度も
「どうしてこんなに食べられないんでしょうか。
どうしてこんなにいつまでもしんどいんでしょうか」
といくら訴えても、
医師は最後にはもうウンザリした様子で
「大きな手術をしたんです。しんどいのは当たり前です」
「とにかく食べて下さい。でないと回復しませんよ」
毎回同じ答え。

無理をして食べては吐く母を見ながら、
私はものすごく不安で、でもどうしてあげることも出来ず、
ただただ母の側で母の面倒を見ているだけでした。

術後１か月が過ぎたある日、
相変わらず食べられないまま、どんどん衰弱していく母は、
突然恐ろしい胸の痛みに襲われることになります。
ナースコールを押す事も出来ないくらいの痛みに苦しむ母を見た父は
すぐに看護士を呼びに走りました。

痛み止めを打ってもらい、念のために、と撮った胸のレントゲン写真に、
恐ろしいくらいの量の胸水が映っていました。
主治医は急に慌ただしく動き出し、
すぐに胸の下を切って管を入れ、胸水を抜くための処置をすると、
ものすごく汚れた液体が母の胸から流れ出したんです。

その時になってやっと主治医は手術した縫合部分から食べたものが出ている、
と気付いたんでしょう。
なぜなら、あんなに今まで「食べろ食べろ」と言っていたのに、
急に絶食絶飲を言い渡したんですから。
そうすればほどけた縫合部分も自然と塞がるんだそうです。

でも、そこからが母の地獄でした。
もう既に衰弱しきっている母に、絶食絶飲はもうほとんど拷問です。
絶食絶飲が何日も続くと、もう母は目も虚ろで、泣きそうになるのを堪えながら、
「もういっそ、あの窓から飛び降りたい」と言い出しました。

「そうやん、我慢せんで良いよ。駄々こねて、ワンワン子供みたいに泣いたらええ！」
私はそう言って母を抱きしめました。
母は声を出して初めて泣き出しました。
「もう頑張らんで良いから。嫌な事は嫌って言ってええねんで」
本当にもう子供のように小さくなった母の背を撫でながら、
私もただ泣くことしか出来ませんでした。

結局、母は胃ガンの治療よりも、その後の胸水を抜く治療に長期間を要したあげく、
完全に胸水を取り除くことは不可能と言われ、
胸水が大量に貯まったおかげで肺が押し潰され、元の肺の形にもまだ戻らず、
今後、激しい運動、動作は控えるように、と言われました。
歩くのが大好きだった母にはとてもショックだったようです。

でも、
胸水を抜いたおかげで、それまで高かった熱が平熱に戻り、
食事が出来るようになった母は、以前のような気丈な人に戻っていました。

「これからはな、生きてることに感謝して暮らしていくわ」
「生きてるって、ほんまに素晴らしいことやな」

その言葉を聞きながら、
私はやっと大きな山を一つ越えた、と思えたのでした。

実は、胸水の治療をしていた時に撮ったレントゲン写真の右肺に影があり、
肺ガンの可能性がある、と医師から告げられ、
それを母も一緒に聞いたんです。
でも、母は
「もしそうなら闘います。でも、まず退院させて下さい」
「そうですね、じゃ、通院で調べましょう」

そして、退院が決まりました。

次の山が、もしかしたらまだ待ち構えているかもしれません。
でも、とにかく母を家に連れて帰ります。

そして、そこからまた始めようと思っています。