深い眠り(96)
「こんにちは~。いつものコロッケ、5つちょうだい。」「はーい、毎度ありがとうございます。」「あらら、雪乃ちゃん、売り子の仕事にすっかり練れてきたわねえ~。」「えっ、そうですか・・・・・。ありがとうございます。嬉しいです。」「いつも、本当によく働くわよねえ。ちょっと、よっちゃん、こんな可愛いしっかりしたお嫁さんがいてくれたら、里中惣菜店はもう安泰だね。」 常連客の呼びかけに、よっちゃんと呼ばれた康平の母親は、エプロンで手を拭きながら売り場に出てきた。「いつもお買い上げ、ありがとね。」 そう言いながら、あっという間にコロッケを包む。「今日のこのコロッケ、雪乃ちゃんが作ったんだよ。」「まあ、そりゃあ、楽しみ。雪乃ちゃん、じっくり味見をさせてもらいますよ。」 常連客と義母に囲まれて、雪乃は思わず頬を赤らめる。 お互いの気持ちを伝え合い、確認し合った雪乃と康平は、一緒に生活するためにすぐに行動を始めた。 雪乃の兄夫婦や康平の母親に、二人で会いに行った。 雪乃の兄は、驚くほど早い回復力をみせ、ベッドの上で雪乃の結婚を祝福した。義姉はお祝いのお金を包んでくれたが、雪乃は兄にお金がかかることから、兄が完治してから一緒に食事をしましょうと言い、お金は受け取らなかった。 会社には一身上の都合で、ということで、退職願いを出した。 雪乃は、康平の母親の惣菜店を手伝うことに決めた。里中家の借金返済に少しでも役立ちたかった。 社内には、雪乃の急な退職の理由を知りたがる者もいたが、雪乃は康平のことは誰にも話さなかった。 康平の母親、自分の兄夫婦、マンションの部屋を貸してくれた静香、そして二人で何度も行ったあのラーメン店の夫婦に祝ってもらえたことで、雪乃は心から満足していた。 ラーメン店の夫婦は、まるで自分の子どもが結婚を決めたように喜んでくれた。 静香は、雪乃さんが決めたことだから私があれこれ言うことはないと分かっているけれど、と言いながら、康平に実際に会ってみないと安心できない、と急いで二人に会いにきた。そして、すぐに康平と親しくなり、雪乃に、幸せになるんだよ、と言った。 マンションの部屋は、静香の姪が住むことになったが、雪乃さんのように掃除をしたり熱帯魚の世話をしたりしてくれそうにはないのよね~、と少し辛そうに話した。 そうして、時間はあっという間にたっていき、六月になっていた。