深い眠り(47)
十二月になり、社内は一層あわただしさを増していた。「皆さん、三日後に本社から会長が来社されます。身の回りをきっちり整頓しておいてください。当日は、朝、全員でお迎えしますので、失礼のない服装で来ること。よろしいですね。」 社員が整列する前で、松井部長は声を張り上げた。 丸い顔の中で、細い目がいつもより強い光を放っていた。「おお、部長のテンション、また上がったなあ。」 雪乃の後ろで、中堅の男性社員が小声で呟いた。すると、その隣の男性が、「あまり近寄らないようにしようぜ。どんなとばっちりを受けるか分からないもんな。」と言い、小さく笑う声がした。「ところで、会長が来るから全員でお迎えって、なんかやりすぎじゃない?」「ああ、それはね、会長が俺らの顔を見たいっていう希望があるからなんだってさ。日々、汗水流して働いている俺ら社員と会いたいからだそうだ。」「へえー、それってちょっと時代錯誤じゃない?」「まあな、でも、どこの支店でもやるみたいだ。」「そうか、まあ、それなら、笑顔でお迎えするか。」 雪乃は、二人の会話をそれとなく聞きながら、自分の席に戻った。 昭に会った日の夜、思い切り泣いたら、何だかすっきりした気持ちになっていた。 静香が、気持ちが沈む時のためと言って、静香専用の椅子とお酒を用意していてくれた。その椅子に座ってお酒を飲みながら、雪乃は静香の自分に対する気持ちに感謝した。 そして、静香に昭のことを話したら、静香はきっと怒りまくり、雪乃に、何やってんの、そんなこと言われて黙って引き下がるの?あなたにはプライドというものはないの?そんな男は、百発ぐらい張り倒してやりなさい、と言うだろうと思い、雪乃は自分の空想に笑った。笑いながら泣いて、泣きながらお酒を飲んだ。そして酔っ払って、ぐっすり眠ったのだった。 あと、1年間はがんばる、という自分の決意を、雪乃はあらためて思った。 あれこれと考えずに、とにかく自分でできることからやっていこう。 雪乃は背筋を伸ばし、パソコンに向かった。