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車筆太

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2007年02月16日
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 つづき・・・
 
 自らの名を冠した囲碁のようなゲームに対峙する好々爺が一人。そっと駒を進めるその動作から、控えめで落ち着いた人となりが窺える。彼の名はジョン・ナッシュ。
 『ビューティフル・マインド』をうけた邦題が『ビューティ・マインド 狂気の天才数学者ジョン・ナッシュの人生』とヒドイが、PBS製作の本人も登場するドキュメンタリー『BRILLIANT MADNESS』の冒頭だ。
  
 両作品を比べてみると、前者の決定的な難点はやはりロン・ハワードの悪い面が出そうな題材で監督させたことだと思うんだが、娯楽作品にするためにスッパリと切り落とされた部分が大きいのに気付く。
 
 誰も手をつけていない難問しか取り合わないと明言していたその態度からも分かるように、若い頃は尊大で自らを天才と信じて疑わない、周囲から見れば煙たがられるタイプだろう。だが、本作でも数学界は奇行奇人への寛容度が高いといっていたが、閉鎖的な学問の世界ではそういった話を聞いたりするんで、そういうものなんだろう。
 学問のデキは人格とは無関係であり、各仕事は各々個別に評価されるべきだとすれば、これも納得できる。
 また、婚外子、離婚なども除去されたし、他にも、同性愛、反ユダヤ主義など『ビューティ・マインド』でも描かれていないこともある。
 
 『ドキュメント日本人』第一巻「巨人伝説」の中で野口英世の偉人伝には書かれない側面をクローズアップしていたが、この頃、折口信夫、柳田國男など民俗学の巨人を筆頭にそういった仕事がなされていた。
 正直、読んだ当初は感心しなかった。だが、今なら意味があることが分かる。少なくともドキュメンタリーとしてやるなら、そこまで掘り進めるべきだと思う。
 とまれ、『ドキュメント日本人』も絶版になって久しい。葦原金次郎だとか、熊沢天皇だとか、梅原北明だとか、今や顧みられることのない人物達への興味をかきたてる良書だけに、改訂版で再販してもらえないものだろうか。

 閑話休題。
 精神分裂症を患ったナッシュは二度の精神病院への入院、亡命未遂しており、この間、アリシア・ナッシュと離婚をしている。
 アリシアという人物、実は大変興味深い。
 エルサルバドルからの移民、プリンストン大学物理学科の数少ない女子学生の一人、離婚後もナッシュを自宅に住まわせ養ったという経緯など、『ビューティフル・マインド』では描き方が甘かった妻の夫に対する想い云々をこえて、アリシアにもっと焦点を当てて良かったんでは。
 
 17世紀のイギリスの詩人ジョン・ドライデン曰く
 
 「偉大な機知は、確実に狂気と近しい存在であり、両者の区別を分かつのは紙一重」

 また、19世紀のイタリアで生来的犯罪人説を唱えたチェーザレ・ロンブローゾは、その著『天才論』において、天才と生来的犯罪者や狂人とは紙一重であり、どちらも結局は癲癇と退化の産物にすぎないと述べた(ここから「バカと天才は紙一重」という言葉が生まれた)。 
 
 さらに論語には

 「狂なるは進取」(子路篇)
 「古えの狂や肆、今の狂や蕩」(陽貨篇)
 「狂にして直ならず」(泰伯篇) 

 そして、書経には
 
 「これ聖なるも念うことなくんばすなわち狂となり、これ狂なるもよく念うときはすなわち聖となる」
 
 とはいえ、ここまでいくと、R・オットーの『聖なるもの』なども含めねばならなくなり、話題が一般的な精神分裂症から離れていく。さらに前者も、天才と狂人というのが抽象的で具体的に何を指すのか特定するのが煩瑣だ。
 だが、それぞれの言葉の本質を抜きにして、こういった方向からみるとこれらの映像作品の陥穽も見えてくる。
 つまり、数学会という特殊環境における才能があること、家族の愛といったものが精神分裂症を克服する要因になったという側面が強調されれば、反転して抑圧になりうる。
  
 それでも人格のアンバランスさと才能の組み合わせに無関心ではいられない。その先に病を克服する人間の強さを見据えている限りは、それはそれでいいではないかとも思う。
 少なくとも、これらの作品を観て、精神分裂病を統合失調症を言い換えねばならない認知度の低さを改める機会になればよい。とはいえ、その壁はやはり厚い。





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最終更新日  2007年02月16日 21時43分21秒
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