テーマ:ゲーム日記(31003)
カテゴリ:コードギアス
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■行政特区日本、そしてブラックリベリオン ひ と で な し 本当、この人、神出鬼没だな……でも、ロイドさんだから、で割と納得できちゃうね(^^; というか、相変わらず新キャラと既存キャラの混ぜ合わせ方が上手い。マーヤがロイドさんのお眼鏡に叶ってスザクの同僚にされたと思ったら、実はクラリスさんとロイドさんが学友だったとか想定外。なんていうか、既に固まってたと思っていた人間関係に新しい風が吹き込む感じで、見ていて実に感心させられます。 そして、クラリスさんがドンドン可愛いお姉ちゃんになってく(笑) ここの描き方、むっちゃ好き。「夕食に行く」という返事が「あなたに付いていく」のダブルミーニングになってる奴ね。 ……そして。 いよいよ、来ました。この時が。 そう、行政特区日本です。 個人的には、『反逆のルルーシュ』1期における天王山が、ここのエピソードだったという印象。 つまり、それまでの"剛"の障害であったコーネリアに対し、次なる障害がユフィという"柔"の脅威だった訳ですね。それまで単純な武力に知略を駆使して勝jルルが、ここに来て精神的な搦め手(提唱したユフィ本人は悪意ゼロ)に苦しめられるという皮肉。 実戦を重ね順調に拡大してきた"黒の騎士団"も動揺、支援してきたキョウトも困惑、日本国民も分裂。ブリタニアを"悪"と定め日本独立を目標に戦略を組み立ててきたルルにとって最大のピンチです。 無論、ルルには"絶対遵守の力"であるギアスがありますし、覚悟を決めたルルがユフィを殺害する、あるいは、ルルやユフィとは別の第三者に妨害させたり暗殺させたり、色々、話を有耶無耶にする方法は考えられます。 しかし、これはテレビアニメ。あくまで、見世物です。 下手な展開をすれば、視聴者は白け、人気はダダ下がり。それでは本末転倒です。つまり、制作側にとっても、ここは大変な正念場な訳です。 この窮地を果たして、我らがルルは(というか、脚本家は)一体、どのように潜り抜けるのか……!? ……いや、この展開、ネタバレなしだったら、ちょっとポカーンってなりますよね。え、そんなんあり!?って。いやぁ、何回、見ても酷い展開ですわ……(^^; でも、ありなんですよね、これが。不思議なことに。 確かに、結構な力技だし、割とご都合主義ではあるんですけど、でも意外と嫌じゃないのは、結果として視聴者的には展開が面白くなるから、ですね。 視聴者的には「ルルは負けを認めたのに!ユフィと和解するつもりだったのに!」って思わせられるし。同時に、「……でも、これで、ルルとブリタニアの戦いがまだまだ見られるな」とも思えるし。 なにより、それまで、ルル(キャラ)にとって都合の良いギミック(ご都合主義)だったギアスが土壇場でルル(キャラ)の意志とは関係なく(脚本の都合によって)暴走し、結果としてルル(キャラ)を苦しめるという皮肉が、寧ろ、視聴者的には納得できちゃうんですよね。 ……これは、私だけかもしれませんけど、人間って「誰かが幸せになる」のと同じぐらい「誰かが不幸になる」のを心のどこかで望んでいるんじゃないでしょうか。 だって、本当に「誰かが不幸になる」姿を見るのがいやだったら、そもそも、アニメもドラマも観なければいいんですよ。そうでしょう?お約束の「善人が虐げられる」のも「悪人が成敗される」のもどっちも「誰かの不幸」でしかないんですから。 でも、私達は見ちゃうのです。それも、自分から、好き好んで。 それは、どうしてか? 答えは簡単です。 私達は「虐げられてる誰かが救われる時」と「幸せそうな誰かが苦しむ時」に溜まらなく快感を覚えてしまう生き物だからなんです。 でなきゃ、こんなにもお涙頂戴や勧善懲悪が世に溢れている訳ないじゃないですか。 私達は、そういう生き物なんです。おそらくは、すべからく。 『反逆のルルーシュ』は、この辺を実によく心得ていて、キャラ達が始終、苦難や不幸に翻弄されながらも、一話一話で、それが爽快感につながってるし、次回への引きも上手いし、なにより「ご都合主義だろうと視聴者的により面白い展開であれば許容される」という大原則を守ってるのが凄いなって思う今日この頃でした。 そして、これは、ルルが異母姉妹のユフィを容赦なく殺した(と解釈した)ことへの狂犬ちゃんの感想。思考が完全に復讐鬼のそれで、むっちゃ好き。 ……いやね、これにドン引きする人は人間の殺意とか憎悪とか、そういう負の感情に対して、あまりに呑気というか、常識的すぎるよ。そりゃ復讐に生産性があるとは言わんし、復讐したから幸福になれるとは思わんけどさ、「復讐しなきゃ、自分の気持ちに収まりがつかない。前に向かって進めない」っていうのは至極、当たり前の感情だと思う。奪われたものが、その人にとって大事なものであればあるほどね。「我慢して復讐の拳を下す」「復讐を捨てて、自分の人生を生きる」っていうのは傍から見ると前向きで立派かもしれんけど、それって「自分から大切なものを奪った相手の存在(あるいは行為)を容認する」という側面もあるのよ。それを許すのか、それを許す自分自身を許せるのかって話でね。 世の中のテレビドラマ(特に刑事物)は大概、復讐を「否定」するのが当たり前になっている。確かに法的社会の一員(歯車)として生きる限り、個人の復讐(私的制裁)は犯罪で、世間的に許容される行為ではないので、そう描かざるを得ないという側面はあるのだけれど、「なんで、私がお前ら(法的社会)の一員(歯車)として生きなければならないんだ。お前らは、私のことなんて何とも思わない癖に」ってなった瞬間、そのセオリーって形骸化するのよね。知ったことかって話。 そもそも、「自分のケツは自分で拭け」「けじめは自分でつけろ」っていう社会だってある訳で、逆にそういうルールの社会で生きる人間にとって「復讐」は当たり前の行為ですらある。日本だって江戸時代には仇討ちとかいう(個人の意思に関係なく)社会が個人に復讐を強要するケースもありましたし。まぁ、そこまで様式化しちゃうと、それはもう逆に無意味だと思いますけどね。大事なのは、本人が復讐したいか否かであってね。恋心と同じで。 ちょっと脱線しちゃいましたけど、『反逆のルルーシュ』は「復讐」をテーマに扱ったアニメ作品としては秀逸だと思っていて、それは単純に「復讐よくない」とか「復讐、素晴らしい」とかでもなく、人がどうして復讐に駆り立てられるのか、人は復讐心とどう向き合っていくのかっていうのを、エンタメとしつつ、上手く描いているのが上手いなって。 それはそれとして、クソムーブする輩なら同胞だろうが問答無用でぶっ潰すし、大切な身内を守れて嬉しそうな狂犬ちゃんの笑顔も観れて嬉しいのであった。復讐は人を縛るけど、人は復讐だけで生きていけないからね。 ……まぁ、だからこそ、クレイジーサイコ叔母さんが一番にやるべきなのは、狂犬ちゃんの目の前で義母さんを惨殺して見せることだと思うんですけどね。『X』の封真みたいに。だって、そうすれば、ほら、全ての感情(憎しみ)を自分に向けてくれるようになるじゃないですか。自分だけを見つめてくれて。まぁ、やっちまったら、もうお終いだと思いますけど。色々と。 ちなみにブラックリベリオンだと、ゼロ失踪&戦局悪化の上、実銃持たされて凄い不安そうにしているディートハルトが個人的にツボです。 良いよね、普段、余裕綽々でご高説ぶちあげてる奴が不安そうな表情浮かべてるの。あ、お誕生日おめでとうございました。
実際、ディートハルトは結構、好きなキャラなんですよね。実務的には有能な参謀枠で、思想的には愉快犯っていう。こういう必要になったら躊躇なく裏切りを決めるキャラも、それはそれでありだと思いますし。死に様まで含めて自業自得感あって、劇中でもそこまで嫌いにはならなかったかな。本人も自分の行いが正しいとか、別段、思ってないでしょうし。番組は打ち切りです! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年11月08日 00時43分37秒
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