カテゴリ:小説
おはようございます。いやに早起きの自称占い師です。
最近いやに更新が多いですが、なんてことはないです。 「小説を書いてるから」 ワードに打ち込んだものをコピーするだけなので至極簡単です。 今回も懲りずに小説です。お付き合い出来ない方は華麗にスルーでw 長編がいいとのことでしたので(本当に?)、書いた中で特に長いものを。 全部でいくつかに分けて更新します。適度に間をおいて更新します(じらす管理人w)。 文字数34000字を越えているので何分ゆっくりどうぞ。 今度の小説は「浪人」についてです。 約10日掛かりましたwでは、どうぞ。 こちらもよろしかったらお願いします→→人気ブログランキング 浪人物語 桜咲く春。こうして毎年この季節になると思い出す、記憶のかけら。一部分は抜け出て一部分はしっかりと自分に根付いている。私は春になると浪人していた頃を思い出す。何年か頑張ったあのころの記憶はもうあまり思い出したくない。2年、2年だ。染みついたものを取り除くということはなかなか困難なことで、そうして浪人のときに自分の心に染みついたもの達は次第に自分を苦しめる結果となって、私は今日、あのときから何か自分の中で喪失したのではあるまいか、と思った。失った自分の中の自信。 「今年はどうだった?」 自分と同級生の人でまだ浪人している人がいる。医学部志望の浪人生でもう今年で5浪目だ。名を佐伯といった。私は佐伯君と親しみを込めて言っていて自分とは同じ高校を出ていた。私は高校の頃、さして勉強をしていなかったが佐伯君は違った。明らかに人より出来た。自分は進学校に通っていたが佐伯君はその中でも遜色ない成績を上げていて将来を有望視されていた。佐伯君は変わった。 「今年も駄目だった」 佐伯君とは仲が良かった。高校の頃はよく一緒に遊んだし、一緒に勉強をしたこともあった。それだから浪人という形見の狭い人に対して私は半ば親しみをこめて聞いた。佐伯君は落ち込んでいた。 「でも佐伯君相当勉強したよね」 「どうだろう、自分でもよく分からないんだ」 「そんなことないって。自分なんかより全然勉強できるし」 「そういうこともあまり問題じゃない気がするんだ」 私は福岡に住んでいた。住み慣れた熊本という土地から離れ、少し都会の臭いがする所に住んでいた。私は受験が終わった佐伯君と福岡で会う機会があった。 「来年度も受験するの?」 「もうそれしか自分には道がないからね」 「そっか・・」 「差し当たってこっちの予備校に通おうと思うんだ」 「福岡に来るの?」 「ちょっと環境を変えてみたいと思って」 佐伯君は福岡でも最も厳しいとされる予備校に入るという旨を自分に伝えた。高校の頃に比べ、すっかり痩せ細り、あのときの佐伯君を見る影は無かった。その様が痛々しく見受けられ少し悲しくなった。高校の頃を知っているだけに何とも言えなかった。 予備校。この空間は耐え難い。経験した人にしか分からないあのいかんともしがたい空間。活気のある予備校ならまだいい。先生が元気で合格者を次々に出ている予備校は、高校の延長くらいにしか思われなくていいが、活気のない予備校というのは見るも無惨、暗いオーラが漂っていて、周りにいる人も皆一様に暗くとても勉強どころではない。悲壮を持って勉強をするのはこの上なく耐え難い。佐伯君は活気のある予備校に入った。 「今は春期講習に通っているよ」 そんなメールが来た。佐伯君とはちょいちょいメールのやりとりもしていた。決まって連絡をくれるのは佐伯君からで、私から連絡したことはほとんどない。そして浪人生に対して送る返事というのも非常に神経を使う。ちょっとしたことが勉強に支障が出ると自分でも知っていたから、慎重に毎回返事を送った。 「来年こそ絶対受かるって信じている!」 返信はなかった。失敗した。つくづく浪人生というものは気を使う。春期講習の頃からこんな感じでは先が思いやられる。「予備校はどんな感じ?」こんな返信で良かったかな、と少し後悔もした。 4月。新しい門出の季節。大学に入学したものや社会人になるもの、門出にはふさわしくなく予備校に入るもの。この差は歴然、天と地、希望と劣等感、ひどい差である。私は浪人して大学に入った。大学に入ってしまうともうあの頃の劣等感というものはなくなり、ただ浪人した、という事実だけが残る。その事実を冷静に考えるとやはりどこか寂しさを感じてしまうタチであるからしょうがないのであるが、そんなものはもうあれこれ考えていてもしょうがないのである。大学に入ってしまえばいい、どこでもいいからある程度見切りをつければいい、そうじゃないと自分自身の精神が破壊されてしまいかねない。佐伯君はそんな感じであった。5年、である。5年間、その劣等感と闘い続けて毎年後一歩のところで涙を飲む。1年や2年目はそれでもまだいい。ただそれが3年4年となってくると自分は駄目なのではないかという一種の麻痺した感情が襲ってきて何が何だか分からなくなるのではないかと察する。佐伯君は高校の頃ふっくらして体格の良い人だった。スポーツ万能で剣道をしていてそこそこ名前も通っていて、成績も学校全体でいつもほぼトップときていて、文武両道、私の、皆の、憧れの人だった。先生達も大いに期待して、佐伯君を見ていた。佐伯君もそんな皆の期待に応えようと頑張った。何より佐伯君自身、自分に期待をしているらしかった。 その期待は不合格という結果で無惨に散った。 高校卒業の春はいやに霞んで見えた。佐伯君と同じ予備校に通い始め、当の佐伯君は失落した風貌で話しかけることすら億劫さを感じさせて、その頃からだろうからだろうか、自慢の体はみるみる痩せ細り私は見てはいられなかった。佐伯君の自信は脆くも崩れ去ったということは本人が話さずとも容易に分かりえた。そんな佐伯君を見るのは私にはかなわなかった。 外は春らしい陽気に包まれていた。私はそれを肌で感じて大きく深呼吸をした。春はこうでなくてはいけない。希望を抱かせる季節でなくてはいけない。私は浪人を恨んだ。佐伯君をあんな目にあわせた浪人を憎み、けれどそれは実力社会、出来る人と出来ない人は必ず存在し希望を持った人の裏には絶望を持った人も存在する。それが社会といってしまえばしょうがないが、5年は長すぎはしないか。当初の憧れの気持ちは様々に変化をしていった。それでも私は良いときの佐伯君を知っていたから、ただ信じていた。 「予備校の近くに住むことになったから」 「寮とかじゃなくて?」 「寮はもう入ったことがあるし入りたくなかったんだ。こっちに親戚がいたからそこに住まわせてもらってる。丁度予備校に近かったからなおのこと都合がよくて」 そうか、と私は思った。けれど、受験というものは、そんな、生ぬるいものでない、とも思った。私は極力佐伯君の邪魔はしないでおこうと思った。家に遊びに行くなどもってのほかで、佐伯君から誘ってきたときはしぶしぶ応じるかもしれないが、それでも自分から勉強の環境を壊しに行くようなことはよそうと誓った。もう苦しむ佐伯君を見るのはこりごりであった。 浪人を何年も重ねると自分の神経がおかしくなるが、何より伸びしろが無くなる。あれこれ勉強してもうこれ以上は無理だという状態で受験する。落ちる。自分に不備があったと悟りまた勉強する。受験。そしてまた同じ結果。そんなことを何回も繰り返しているとどこを勉強すればいいのか、自分自身の限界を感じてしまう。好き好んで浪人しているものなどいない。浪人という自分の身分が気に入っている人がもしいるとしたらそれは単なる気違いである。皆受かりたいのだ。志望する自分の大学に入ってその後を希望あるものにしたいがために、あるいは自分の自尊心のため、様々な野望のもとに皆受かりたくて真剣そのものである。当の私はと言うと、恥ずかしながら1年目はあまり身が入らなかった。どうやら少し自分の置かれている状況を楽しんですらいた。当然のように落ちた。落ちて当然と思っていた。だから2年目は奮起した。目一杯勉強して自分の容量を当に越えた辺りで受験した。恥ずかしながら希望していた大学にはいけなかった。けれど私はもうこれ以上は無理だった。自分の中でまた1年勉強するということは有り得なかった。そして大学に入ると、希望していなかった大学とはいえすっかり気分は楽になって、浪人の頃あんなにもがき苦しんでいたのは何だったのだろうと悟った。 佐伯君も早く楽になれば良かろうと思った。 そういうことを一度話す機会があった。4月の、予備校で言えば初めて模試が行われたくらいのときだった。佐伯君から私を誘った。 「たまには息抜きということで」 「まあたまにはね。でも息抜きばかりじゃ駄目だよ」 「分かってる」 佐伯君は休日私の家に来ていた。見せたいものがあると言ったのだ。佐伯君が自分からこう言うのは珍しい。普段からそうは多く話さない人であった。そういう人に変わってしまったといったほうが容易い。 「これ、この前の模試の結果」 佐伯君は私にこの前あったという模試の結果が記された紙を私に手渡した。 「す、すごいね」 どの教科もほぼ満点に近く、志望する大学の医学部もA判定であった。 「大したレベルじゃなかったけどね。この時期にこんな成績は初めてだよ」 私は言葉を飲んだ。今なら受かるね、でもそれは言えなかった。 「まだ始まったばかりだから油断は禁物だよ」 佐伯君は閉口した。でもどこか嬉しそうだった。今の状態ではまた同じ目に遭うのではあるまいかと感じた。言いようのない不安。 「俺は、応援しているから」 「ありがとう、頑張るよ」 佐伯君は明るい人であった。それが浪人を経験し自分の築いてきた牙城は崩れ去り、暗くなっていた。そんな状況だから私は明るく振る舞おうと思った。けれどそれではいけないとも思った。もし自分の何か一言が佐伯君の精神をおかしくさせるのであれば、それは言ってはならない、そんな気がしてよく口ごもる。 佐伯君は自信をもう一度取り戻そうとしているように見受けられた。この時期の模試などはっきり言って全く問題ではない。だのに喜んでいる、自分を鼓舞するように。佐伯君はそんな人ではなかった。明るさの中にしっかりとした正しい芯を持ち合わせた人であった。浪人が佐伯君を少なからずおかしくさせた。 ならば、早いところその場所を抜け出すに尽きるという結論に至った。 「来年は妥協しても大学に行ったらどうだろう」 私は相当の言葉を選んで精一杯言った。目を私のほうに向けると唇を噛み、 「そうもいかないんだ」 「・・・どうして」 「もう、後戻り出来ないところまで来てしまったんだ。5年も浪人して今年で6浪目。今更変なところにはいけないんだ」 佐伯君の志望する大学は全国でも最難関の国公立大学であった。そしてその中でも医学部と来ているから入りにくさはこの上ない。そして一度決めたことを曲げる人でもなかった。 佐伯君は常に名前の無い強敵と戦っていた。 「友人としてはもういいんじゃないか、とも思うんだ」 「そうできたら楽だと思う。でも周りが許さないんだ」 「周りなんて気にする必要はないよ!」 私は声を荒げた。その大きさに自分が少し驚いた。 「分かってる。でも周りの支えなくして今の自分はないんだ。これは恩返しのための浪人でもあるんだ」 「そんなの、そんなの、格好が良すぎるよ」 周りの人のための浪人?そんなことは間違っている。そんな人のために佐伯君はこんなにも細くなり精神さえ痩せてしまった。植え付けられた5年間はあまりにも大きい。この5年間で何度佐伯君の自信は無くなったことであろう。もういいではないか、あなたは充分に闘った、ただほんの少し縁が無かったのだ、ならばこんな浪人など止めて少しは自分のために生きてもいいではないか。それが我が侭だというならば、それはあまりにも悲しすぎる。浪人など本来すべきものではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.04.10 05:33:44
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