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細木数子かわら版

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2008.04.10
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カテゴリ:小説
 想像はついた。そうしてそこにいるとは思いたくなかった。けれど佐伯君はいた。
私はこちらに来て来るのは2度目だった。そこは受験生が来る場所なんかではなく、別に誰でも入ろうと思えば入れる場所。私はしばしその場に立ちすくした。
頭がおかしくなったかのように佐伯君は一生懸命になって画面に向かっていた。私が後ろにいるのにも全く気づいていない。私は向こうに回って佐伯君の相手をした。
私はそれには慣れていた。そういった類のものに私はそこまで弱くはなかった。佐伯君との勝負。向こうは必死にボタンを押している。その音が向こうにいる私にまでかちゃかちゃと聞こえてくる。ボタン操作が乱雑で倒すのに一苦労した。どうにか勝つことが出来た。
「あーっ、くそっ!」
バン、と機械を叩く音がした。そして私はおもむろに立ち上がり近寄った。
「何でいつもこうなんだよ!」
佐伯君はそう言い、席を立った。けれど、そこには私がいた。
「か、カズ・・・」
佐伯君はゲームセンターにいた。駅前の薄暗い古いその遊技場で私は格闘ゲームで佐伯君と闘った。大方この辺りだろうと予測がついた。昔高校の頃もよくこういった似た状況下で遊んでいた。無言のまま、私は佐伯君を外に連れ出した。
 一人でいるだろうと思った。カラオケ、ボーリング、ビリヤード、そんなところにはいない。華やかでない場所、もっと薄暗くジメジメした場所、浪人生にお似合いの場所。ゲーセン、パチンコ屋、雀荘。少し探せば容易だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は気分晴らしにその・・」
私は何も喋らず対峙した。じっとただ目だけを見つめていた。あたふたした様子の彼はひどく醜く感じた。私は煙草に火をつけた。
「すまなかった、頼む、あいつにだけは言わないでくれ」
彼はまるで重罪を犯した罪人のような面持ちで深々と体を曲げた。その下がった頭を見て髪に白いものを見た。鳥肌が立つのを抑え、そうして川口さんの存在を思い浮かべ、親御さんを思い、ただ彼のおじきが終わるのを待った。眉間に皺をよせ、そうして違うほうに目をやって行き交う車を見、頭をかき、言葉を発した。
「別に行くな、とは言わないよ。俺もそんなときあったし」
陽はどっぷりと落ちていて、ゲームセンターの前にいた二人は危ない雰囲気を醸し出していた。街頭が二人を照らし、端から見れば喧嘩同然であった。
「いやそれでも俺に非がある。浪人生が行く場所ではない」
「でも息抜きも必要でしょ」
「最近成績が落ち込んで少し参っていたんだ」
「そっか」
彼の目は泳いでいた。冷静さのない表情はすぐに見て取れた。
「予備校は?」
「今日は早めに切り上げた」
「明日はどうするつもり?」
「行くさ、それが仕事だから」
哀れみを持って人に相対することこそ悲しいことだと私は常々知っていた。
「明日もしここで見かけたら怒るかもよ」
「分かった、少しどうかしていたよ」
彼はそこらの浪人生とは違う。恋や楽しみだ、と言っている浪人生とは違う。6浪。人生の一番楽しい時期をそうして浪人生として暮らしてきた。彼の辛さは痛いほど分かる。そして遊んでいる猶予などない。一年を集中して過ごさねばならぬ。ピークを受験当日に持ってこなければならない。彼の思いを全て試験にぶつける義務がある。そして彼女を幸せにする義務、もある。
私は彼を哀れみをもっては見なかった。遠い眼差しで彼が立ち去るのをしばし見送った。
その後、そこで彼を見ることはなかった。

 一年もゆっくりと納め時に入っていった。9月を越えるともうあっという間、早くも来年のことが頭によぎる。ふわふわと佇む中にいたい、まだ来てほしくない、そう浪人生が思っていてもこの頃は本当にすぐ過ぎる。私は私立文系であったからさしてセンターまで後何日だろうが気にはしなかった、他の人よりは少しだけ余裕があると思っていた体たらくであり、そうして紅葉の季節を越えた辺りから焦りは本格化する。
「何でもっとしておかなかったんだ」
口では余裕を振る舞い、けれど内心は冷や冷やで、そうして今更基礎もやれず応用問題を解いてまたひそひそと基礎に戻って覚えなおして。暗記科目の詰め込み作業に入り、私は社会が日本史だったから、重箱の隅をつつくようにとにかく覚えていた。だがそうなると英語や国語がおろそかになり、そのバランスをとろうとしてどんどんと月日は流れる。今考えても大変だったなと感じる。
 浪人生は勉強が仕事であるからして勉強をおろそかにすることはすなわち死に等しい。秋辺りになればどんな浪人生であっても一端になりえるわけで、この頃慌てない人は、いわば本物なのかもしれない。早起きがどうとか、眠気がどうとかそんなことは言えない立場に入る。いや、入って当然なのであるが、自分の志望校に受かるべく邁進する。
「まだ成績は上がってこないみたい」
時折川口さんからメールが入る。佐伯君はその後少しスランプに入ったようだ。一年を充実して送ることは容易ではなく、さすがのベテランでもそういうことはある。私はむしろ安心した。自惚れを捨て、より一層精進出来るのではあるまいか、と思った。ピークは最後の最後でいい。本当に最後の一瞬だけ自分の力を全て出し切れれば必ずや通る。受かる。
私は佐伯君に託していた。
自分が浪人時代、思った大学に行けなかった無念さを、そしてある時失った自分の一つの、・・たった一つの自信を、今、そうして、取り戻させてほしい、願った、ただ、どうしようもないことは分かっているはずなのに、佐伯君に見立てて、私の浪人時代をあわよくばいいものに変え、悲しみは悲しみでないという結末をただ願った。
ガラス張りの建物が反射して赤い電柱を映す。思いを馳せる私の投影は、と、目をつぶり、悔いていたのか、私は悔やんでいるのか、そうしてもう一度あのころをやり直したいと思っているのか、光は屈折した。
ガラスの先に永遠を見た。その中にいたのは過去の私と今の私。ガラスのかけらは鋭く私の体を傷つけ、赤い血は赤いままでは収まらず、黒く薄いものとなり、そういえば私はあのときから、と考え、空を見、けれど、今はあなたに託す、何も出来ないかもしれないがただあなただけに託す。その期待が例え壊れようとも私はその壊れた破片を一つ一つすくってみせ、烈々なるただその残酷さをも私が抱いて救ってみせる。幸あれ。幸福あれ。
 私は受験のとき福岡を訪れた。会場がそこであり、たびたびここを訪れた。そうして佐伯君と会ったあのゲームセンターもその時来た。試験日前日である。私は気晴らし程度にただぐるぐるとその辺りをうろついていて、気が付くとこんなところに来た。中には誰もおらず閑散としていて、そうして私は腰掛けた。すぐに止めた。
浪人生は気が狂っている、落ち着きなど元よりなく、意味不明の長物である。
その浪人生に歩調を合わせようとか、そういうことは一切しないほうがいい。私は明日が試験という状態で気が狂っていた。勉強をしすぎて許容範囲を越えてとち狂ったか、あるいは元から、いえいえ、浪人生ほど精神が大事な生物はいない。私のその試験はけれど案外出来た。そんなものなのだ。精神の充実などまだ若い誰某には到底難しい。
私が佐伯君をあの遊技場で見つけたとき誰より閉口したのは紛れもなく自分の方だった。

 先生が慌ただしく走る。廊下はいやに冷たく感じ、予備校の中はゆっくりと静まりかえっていた。12月。もう泣いても笑っても、という季節になった。
久しぶりに佐伯君と会う機会があった。川口さんも一緒であった。
「年明け、合格を願って神社に行こうと思うの」
数ヶ月ぶりに見た浪人生は青く見えた。髭をだいぶ蓄えていた。
「俺は構わないけど・・佐伯君はどうする?」
いつもの喫茶店で、馴染みのコーヒーをさぞありがたい物のようにすすっていた彼は、
「少しくらいならば構わないよ」
と言った。年明けすぐに最後の模試があって、その次の日が休日であるし、午前中行くならいいとも付け加えた。私は腕を組んだ。舌で下唇を潤わせ、真一文字で、ただうなずいた。一言、余計に発しないように、ただ彼を見ていた。
 緊迫感は近づく。予備校では通常の授業が終わり、冬期講習に入る。センター系、私立系、いろいろとコースがあって、皆一様に追い込みに入る。先生は鉢巻きなんぞをつけて、そこには絶対合格などと書いてあって、浪人生を奮い立たせる。
佐伯君はスランプを克服し自分に打ち勝とうと必死だった。私は何度となく彼女から話聞いていて、遠目からいつも彼の通う予備校を見ては、帰るを繰り返していた。今となっては追えなくなったその幻影をただ佐伯君にすがっていた。幻影は季節感も照らし合わせ、気分は幾分晴れないでいたが、ただ皆が頷く未来だけを希望していた。深呼吸をする。予備校を見る。頷く。帰る。ひどいときには週に何度も行っていた。自分自身、何だか浪人生になったような気分でさえいた。緊張感は外からでも充分に伝わり、神社を何度も参る女性の気持ちがくみ取れた。
冬はあっという間に過ぎていった。
「今年も残すところ後わずか、年明けにはすぐセンターだ。今までやってきたことを無駄にしないためにもこの時期をきっちりと乗り切ってほしい」
耳にタコができるくらい聞いたその言葉の何それは、予備校で言えば担任の先生がよく口ずさんだ。他に何か言うことはないのか、体調面だったり、リラックスさせてみたり、けれど皆口うるさくそんなことばかり言っていた。前衛的にしかし皮肉っぽくも感じている今となってはただ浪人が私の中で宙を舞うだけであるが、佐伯君にとってはそんなことを考える暇もない。ただやれ、やれ、では伸びない。が、ここまで来ると口は無用、全ては本人任せ、受かるも落ちるも本人任せ。そうしてその年が終わった。

 年が明けて、けれど晴れやかな気持ちにはなれないでいた。今年ばっかりは浮かれることもどうやらできない。年明け三日、そうして我々は電車に乗った。
地元でもまた全国的にも有名な天満宮に行くことにした。どこでも構わない、と佐伯君は言っていたが彼女が許さなかった。福岡市内から電車では三〇分ほどであった。落ち合わせて一緒に乗り込み、一列に座った。左端に浪人生、真ん中に社会人、その隣に大学生。ガタンゴトンと揺れる。空は白く透き通っていて良い天気であった。
「今日は良い天気ね」
「ほんとに」
「ここに乗っている人、皆天満宮へ行くのかしら」
佐伯君は眠っていた。全身を黒で覆い、下を向いて爆睡に近い様子でいた。それを隣の二人は確認し、見合った。
「だいぶ疲れがたまっているのよ」
「だと思う」
「そっとしておきましょう、ね」
「うん」
そこの天満宮には私は何度か赴いたことがあった。行くときは決まって自分の受験のときに限られていた。今回は自分のためではない。久しぶりに行くことになって観光気分、いいえ、浪人生のため。私は神様だとかそういったものにすがりたくないタチであった。けれど毎度毎度、必ずどこかしこのお守りを持っていた。決まって母が買ってきた。私はそれを筆箱に忍ばせ試験前のときなど、ちらと見ていた。何もないよりはよかろうとは感じる、藁にでもすがりたくなるもの、結局はそんなものなのだろうという解釈であった。
 電車は目的地に着いた。浪人生を社会人が起こす。肩を揺さぶられ浪人生は眉を潜め、ゆらりと立ち上がった。二人が行くのに少し遅れて私はついて行った。駅を出るとすぐに天満宮はあり、悠々のときを越え、長々と人々の群がる様を見た。多い、やっぱり正月三が日、休日と来ているからこの人の多さは尋常ではない。その中を浪人生は顧みることなく先頭になって歩き始めた。
 前日雨が降ったためか地面が少しぬかるんでいた。私はそれを注意しながら前方を追った。すぐに社会人には追いついた。だがさっきまで眠りこけていた浪人生はいない。遙か前方だという。
「何だってあんなに急ぐ必要があるのかしら。置いていくことないのに」
私は鞄から眼鏡を取りだして前を見た。全く見当たらない。遙か彼方を行ったかのようである。






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最終更新日  2008.04.10 06:29:14
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